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京洛電気軌道の車輌  京都市電1806

1806 毎度ご乗車ありがとうございます。

 京都市電の1800型。岩橋商会のキットを組んだもので、私自身の工作力のなさからヘッドライトは壊れていますし、救助網は省略しています(爆)それでも稼働率は最高、現在の京洛電気軌道の主力車輌です。下回りはキットの説明書には既製品を改造するようなことが書かれていましたが、手っ取り早くBトレの動力ユニットをそのまま利用しました。意外にもピッタリと合った上に走りは超最高!もう路面電車とは思えない高速ぶりです。

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市電の模型」カテゴリの記事

コメント

こんにちは。京都市電にとって1800系は看板的な車両でしたね。最後まで6.22番で残りましたし、両数的にも。なかでも壬生の1番は赤い系統板でインパクトがありました。晩年の壬生では、この1800系ワンマンを周回の1番によく起用してました。20番はツーマンばかりでしたね。銀閣寺と千本北大路で折り返し作業があるからでしょうか?京都市電のツーマン車は端正なスタイルで好きだったのですが、写真を撮り始める前に改造などで消えてしまいました。1800はかなり記録しましたが。その後の阪堺電軌でもわざわざ乗りに出かけました。
京都市電はなくなりましたが、後を市バスががんばっており、最近は好調のようです。市電1番のあとは、おなじみ201番がずっと続いてます。操車は壬生ですが、現在の担当は梅津営業所です。梅津では系統ごとの配車ナンバーがだいたい決まっているようで、201には、いすゞキュービックとエルガ、三菱CNGノンステがよく入ってきます。たまに日野がイレギュラーで入ったりしますので、市バスも観察してると面白いです。

投稿: クハ55071 | 2007年8月21日 (火) 14時43分

こんばんは。どういうわけか⑳系統は最後までワンマン化されなかったようですね。他にも伏見線にもワンマンカーが入線したことはなかったはずです。1800系は阪堺電気軌道にも譲渡されましたが、ほとんど使用されることはなかったようですね。当時はまだ南海の大阪軌道線でしたが、151、161、301などの大型車が主力だったのに、なぜ1800のような中型車を購入したのか不思議に思った記憶があります。市バスといえば、もう古い話ですが昔の16系統(みぶ~藤森神社)が亡くなった時、乗りに行ったことがありました。現在の市バスの中にも昔の市電と同じ経路をたどる路線がいくつかありますが、運行回数はかなり変わってきていますね。例えばウチの近くを通る208系統は、現在日中20~30分ヘッドになってます。市電の⑧系統はもっと頻繁に運転されていたように思うのですが…。模型と同時に、また市電の思い出話などもこのブログで書いていきたいと思います。

投稿: 京洛電軌 | 2007年8月22日 (水) 00時22分

こんにちは。たびたびコメントありがとうございます。なつかしい話なので、つい続きを。
伏見線は稲荷までしか乗った記憶がありませんが、この時も800型だったと思います。写真などを見てもツーマンばかりですよね。専用軌道あり、変則軌道ありで乗るには興味深い路線だったと思います。ただ、この変則軌道が乗務員やクルマのドライバーから危険であると嫌われ、廃止時期を早めたとも聞いていますが。
阪堺電軌の元1800は京都市電色に復元されたときに乗りに行きました。おっしゃるように、あまり稼働していなかったようですね。直接制御のノッチが重いため乗務員から嫌われたのも理由のひとつだそうですが。京都市電の場合は、旧式の直接制御車のほうが整備がしやすいらしくて最後まで残りました。高性能の間接自動制御車から先につぶすのはもったいないのですが、整備は重要ですもんね。
市電8番は本数もありましたが空いてましたねぇ。市バス208は京都駅を経由するようになって少し客が増えたようです。特に紅葉の東福寺が人気で、この時ばかりは満員になります。市電時代の8番は乗務員には人気だったようです。同じ九条持ちの22番は特に東山線がしんどいらしいのです。観光シーズンの渋滞は今も変わりませんねぇ。

投稿: クハ55071 | 2007年8月22日 (水) 16時46分

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