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10月の製作計画

55151 毎度ご乗車ありがとうございます。

 今月は旧型国電に力を入れたいと思っています。今年の春にGMの旧型国電のキットをいろいろ買い込んでおいたので、これらを利用してスカ色の車輌を何か製作したいですね。特に先月作るといいながらできなかったクモハユニ64は是非ともモノにしたいです。他には形式は未定ですが、大糸線の2ドア車や、身延線の3ドア車も作りたいですね。 ただ私のこだわりで、何を作るにしてもキットを素組みにするのではなく、どこかにプラスαの加工なり改造なりをして、「自分だけの車輌」にしたいですね。 

 Sa270831           それから京阪に関しては、次は1800型(格下げ後)を考えています。実車でこのような編成があったかどうか知りませんが、1801+1802+1881+1882+1803+1853+1809という、オール1800型による7輌にしたいと思っています。ここであんまりいろいろ言っても全て作れるわけありませんが(笑)まあ、作りたい車両がいろいろあるわけで、とりあえずは今月は旧型国電をメインにやっていきたいと思っています。

 

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鉄道」カテゴリの記事

コメント

こんにちは
旧1800系の最末期にオール1800系の7連というのが組成されていました。私は実見できませんでしたが。趣味誌によると1801-1802+1882+1809+1805-1852+1806という編成だったようです。

投稿: ぴおちゃん | 2007年10月 3日 (水) 13時19分

ぴおちゃんさんこんばんは。情報ありがとうございます。実は以前にもお話したことがあるかも知れませんが、昇圧前後の時期はなぜか京阪の写真を撮ってないんですね(でも大阪へ行く時はいつも乗ってましたが)。ところでつかぬ事を伺いますが、1801‐1802の妻板は他の1800型と同様広幅の貫通路だったのでしょうか? 私はどうも狭幅だったような気がするのですが…(私の思い違いだったらごめんなさい)

投稿: 京洛電軌 | 2007年10月 3日 (水) 21時35分

京洛電軌さん、こんばんは。
1801.1802の貫通路ですが、どうやら広幅のようですね。「JTBキャンブックス京阪特急」の82ページにそれに関する記述と写真がありました。"1804.1806.1808.1809の4両は固定編成に増結するために720ミリ幅の貫通路で丸みを帯びた妻である"との記事が、「車両発達史シリーズ京阪電気鉄道」の101ページにありました。このへんのところは、けっこうややこしくて確定診断がついてから制作にかかられたほうがいいですね。

投稿: クハ55071 | 2007年10月 4日 (木) 01時06分

お邪魔いたします。1800系(Ⅰ)ネタ、参加させてやってください。

実車の1800系(Ⅰ)7連、さぞかしイイ音がしたことでしょうね。ちょっとドタバタした台車の音と、音量は控えめなれど’ヒューン’と甲高いモーターの音。後者は、よくあった1700+1800の混結編成では、1700の派手な吊掛モーター音に掻き消され気味でした。

模型にされるなら是非、貫通扉をピンクに塗られてはいかがでしょうか?(勝手に すみません。)
あと、確か1881・1882の連結面上部には、最後までTV撤去跡(デカイ鉄板の塞ぎ板)が残っていたと思います。ま、これはNでは細かすぎる点ですね。

1800(Ⅰ)って、今ほど情報のない当時(1980年代初頭)、突然に近い感じで1800(Ⅱ)になるために入場して消えてしまいました(その後600系とドッキングされて出てきた時には、ほんとうにビックリでした)から、細かい記録をしていないんです、残念。(吊掛車たちは引退確定とされていたので、あれこれ記録しているのですが、、、、。)

いつの間にか思い出話、、、、、すみません。

投稿: 吊掛急行A773 | 2007年10月 4日 (木) 02時57分

みなさま おはようございます
京洛電軌さま>
たしかに貴殿の記憶で正解です。
製造時は広幅でしたが、末期にこの編成だけ狭幅に改造されていました。ただし妻の窓幅は広幅貫通時代のままでした。寝区放置時代の写真があったと思いますので探してみます。

投稿: ぴおちゃん | 2007年10月 4日 (木) 06時01分

みなさんこんばんは。貴重な情報提供ありがとうございます。私も手持ちの資料をひっくり返して再度調べてみるつもりです。私が製作しようとしている年代(昭和48~9年頃)写真はよく撮っていたのですが、どれも正面を狙ったものばかりで、いざ模型を作ろうとすると妻板や屋根上がわからないんですよね。でも1800型の妻板のドア、確かに薄いピンクでしたね。これはぜひ再現したいと思います。

投稿: 京洛電軌 | 2007年10月 4日 (木) 23時13分

みなさん、こんばんは。
1801.1802の妻面貫通路、どんでん返しで改造されていたようですね。資料をひっくり返していましたら、「鉄道ピクトリアル553号京阪特集」の201ページに103号貨車の写真がありましたが、その横にそれらしき車両の妻面が写っていますが、これではないでしょうか。皆さんの記憶に感服します。

投稿: クハ55071 | 2007年10月 5日 (金) 00時39分

みなさんこんばんは。
 私も早速、手持ちの鉄ピク京阪特集を見てみました。これはまさにその通りですね。模型製作の貴重な資料になります。実はこれも私の思い違いかも知れませんが、昔1801と1802の間に1881(もしくは1882)をはさんだ編成を見たような記憶があるので、ちょっと聞いてみた次第です。みなさんどうもありがとうございました。

投稿: 京洛電軌 | 2007年10月 5日 (金) 19時46分

たびたび失礼いたします。
鉄ピク695号の京阪特集の205ページに1802号の妻面からの貴重なカットが出ていました。まぎれもなく狭幅に改造されており、ご参考下さい。
ところで、1800(Ⅰ)系といえば1803号の印象が強く、当時のネガにもよく写っています。京都方先頭で、1800系3両と1700系2両の混成5連でした。朝ラッシュの宇治急で決まって上ってくるのです。しかもスシ詰め状態で。七条、四条、三条の改札口に近い先頭1803号は特に混んでいました。当時の京都方の平日朝ラッシュダイヤは今では考えられないくらい疎ら状態で、通しの急行も20分ヘッドでしたし、そこへ割って入るのですから混むのは当たり前だったようです。三条は5連でしたから4番ホームの到着。満杯の乗客はU字にぐるっと回って改札へ、あるいは大津線ホームへ向かいました。
三条は原則的に一番ホームが宇治行き発着線でしたが、この5連は入れず、運用面でも苦労があったように思います。夜に特急線の2番ホームからこの編成の宇治行き普通に乗ったような覚えもありますが、記憶違いかもしれません。

投稿: クハ55071 | 2007年10月 6日 (土) 00時58分

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