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大糸線の旧型国電

4380245005 毎度ご乗車ありがとうございます。

 今月は旧型国電に力を入れると1日のブログに書きましたが、その第一弾が先日完成しました。大糸線用のクモハ43802とサハ45005です。

 大糸線の車輌は4輌一編成所有していますが、いずれも3ドア車ばっかりなんですね。それで同線の2ドアの車輌がほしくなってこの2輌を製作しました。2輌ともGMのキットをベースに、TMSの製作記事を参考に小改造しました。といいましてもクモハはパンタ部分の低屋根化、サハは側面の窓を一つ埋めてトイレ付にしただけなんですけどね。

 現在、この2輌は以前製作した4輌に増結して運転しています。編成は

クモハ43802+サハ45005+クモハ54101+サハ57402+クモハ41800+クハ55432

 となっています。実物にこのような編成があったかどうか知りませんが、これにスカイブルーのクモユニ81をつけてもいいかなって考えてます。

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コメント

京洛電軌さん、こんばんは。

大糸線の仲間が増えたようで、編成のバラエティーが増えますね。自分が初めて同線を訪れたのがS54の夏でしたから、車番のラインナップは少し変わっていました。
クモハ43では、お作りになった802が引退していて、804と広窓の810が残っていました。804は先頭に出さない方針だったのですが、この時は南小谷寄りの先頭を勤めていました。普段は先頭に出ないため、前面貫通扉が客室と同じライトグリーンに塗られており、異彩を放っていました。2両目以降にクハ55.サハ57と続き松本寄り先頭は、お作のクモハ54101でした。もとはクモハ60ノーシルノーヘッダー車で阪和線にいた仲間を彷彿させてくれました。同線にはオリジナルのクモハ60ノーシルノーヘッダー車もいましたが、たしか幌枠が無かったみたいで、幌枠付きの54101が絶品でしたね。まさに関西の電車。阪和、片町線の40系が好きだったのもその理由でしたし、当時の京阪電車もやっぱり前面幌にホロッときますね。

投稿: クハ55071 | 2007年10月14日 (日) 00時57分

クハ55071さんこんばんは。当時の編成についてのコメントありがとうございました。なんと中間にT車が2輌入っていたんですね。それからクモハ43810ですが、実物の写真を見てぜひ作ってみたくなりました。流電の側板を利用して、前に作ったクモハ53のやり方を応用したら何とかなりそうに思います。あと大糸線ではクモハ12001も製作してみたいですね。

投稿: 京洛電軌 | 2007年10月15日 (月) 22時01分

京洛電軌さん、こんばんは。

クモハ43810の製作、ぜひがんばってください。前面はHゴム化されておらず、しかも幌付きでしたから、残存の半流広窓のなかでは一番いい顔でした。
それで実車の撮影もチャレンジしましたが、幌付きということからも分かるように、なかなか先頭に出ないのですね。当時はネット掲示板という魔法のような情報源もありませんし、もちろん、ぶっつけ本番。何度かチャレンジしましたが、やはり中間に入っていました。松本寄りがクハ55の400番台。サハ57に運転台とトイレを取り付けたノッペリとした平妻の電車です。松本寄り先頭は光線もいいのですが、この顔の電車がよく付くのです。2両目が43810.3両目にサハ45.大町寄り先頭がクモハ51だったように思います。乗るにはサロ時代のままのシートが残るサハ45が良かったです。でも、よく揺れました。阪和線ほど飛ばしませんが、線路状態がよくなかったようです。
当時は青春18がありませんでしたし、信州ワイドに頼るしかなく、これを買ってしまうと、お金がない。宿泊はおろか、食費もあまりありませんでした。ただ、夜行急行はけっこう走っていましたし、これの折り返しで一夜を過ごしていました。
もし今こんな電車たちが信州を走っていたらどうなるでしょう。ネットからもお目当ての車両の情報もどんどん入ってきます。でも週休一日の仕事ですから、行くのは厳しい。悶々とした日々を過ごさなければなりません。世の中、暇と○は両立しにくいもの。そう思いながら静かに模型をいじっています。

投稿: クハ55071 | 2007年10月19日 (金) 01時41分

こんばんは、お邪魔いたします。

大糸線の旧型国電、、、、小生はクハ55071さんのように実車を目にした経験はありませんが、違う意味でとても懐かしい車両です。

今を遡ること30年近く前、HOゲージからNゲージに転向した当初に最初にチャレンジしたのが「GM旧型国電キット」での「(塗り分けの要らない)大糸線色」だったのです。京阪本線モノはおろか、大津線小型車のVキットすら、まだ発売されていない頃の話です。
何故地元の片町線色にしなかったのか? それなら、ぶどう色+橙色の混色編成も楽しめたのに、、、、、多分、クモユニ81が作りたかったのだと思います。それを示すかのごとく、実家に今も残っている大糸線編成は、クモユニ81だけがウェザリング済み・金属パーツを奢られたという気合の入った状態になっていますから。機会があったら、貴殿の編成と並走させてやりたいものです。

思い出話、失礼しました。

(追記)旧型国電の揺れといえば、京阪神緩行時代のそれが思い浮かびます。最初はちょっとビックリして、そのうちあまりの凄さに笑いコケた、そんな強烈な揺れでした・・・。(以上)

投稿: 吊掛急行A773 | 2007年10月19日 (金) 02時25分

おはようございます。
大糸線ネタですが、私も旧国好きだったのですが、時期的にほんとに末期でしたので、松本駅撮りを数回できたのみです。
私が訪問したときにはクモハ43810は先頭に付いていた時がありました。ネガが発掘できるかやや疑問ですが探索してみます。最後は81年7月の時に身延線とからめて出撃しましたが、既に半数が115系に置きかわっており、クモハ43810はクモハ54005とユニットを組んで封じ込まれてしまっていました。また書かせてもらいます。

投稿: ぴおちゃん | 2007年10月19日 (金) 08時23分

みなさんこんばんは。
 実は私も、実物の旧型国電をほとんど見たことがないんですよね。小学生の頃、阪和線と飯田線に一度ずつ行ったことがあるぐらいでした。ですから模型を作る時は専ら昔の鉄道雑誌やTMSなどの製作記事を参考にしています。旧型国電に興味がなかったわけではないのですが、当時(80年代初頭)は路面電車をメインに追ってました。その後「チャレンジ20000km」が流行りだして私も各地の国鉄線を乗り歩きました(大糸線もその頃乗りました)が、その時には旧型国電はなくなっていました。
 

投稿: 京洛電軌 | 2007年10月19日 (金) 21時50分

みなさん、こんばんは。

すこし寒くなってきますと、北アルプスの懐をツリカケ電車に揺られていた情景が蘇ってきます。
吊掛急行A773さんがお作りになったクモユニ81は、当線の名物として松本寄りに連結され、昼間も光線のいいスジによくくっついていました。快速運用もあってネガにはよく写ってます。松本寄りは光線がモロに当たり、湘南フェイスは眩しいのでしょうか?窓の上部を遮光していた時期もありました。
クモハ54005も撮りたいアイテムでしたが、これも先頭では押さえられなかったですね。貴重な51系列のノーシルノーヘッダー車の最後の残党でしたが。サヨナラ運転も中間に入ったそうですが、もちろん行けず。運転室Hゴム窓の上下幅が小さいタイプでした。オレンジ旧国などの関西型の前面Hゴム改造はやや小さめが特徴で、位置や形がマチマチで、そこのところが面白かったです。顔の表情が違ってきますしね。模型ではこの部分を特にこだわっています。
みなさんの実車や模型のお話を楽しみにしています。

投稿: クハ55071 | 2007年10月20日 (土) 00時42分

初めまして。

クモハ43802+サハ45005+クモハ54101+サハ57402+クモハ41800+クハ55432

大糸線沿線に住んでいます。子供の頃は青い旧国によく乗りました。↑の編成は正直変です。
サハ以外の末尾偶数は下り向き(大町方面)奇数は上り向き(松本方面)なのでこのままでは運転台の向きが変になります。

クモハ43802>+サハ45005+<クモハ54101+サハ57402+クモハ41800>+クハ55432>
(>は運転台の位置)

但し例外が一つあります。クモハ51のみ末尾番号に関係なく全車偶数向き(下り)でした。
それと基本編成はMc+Tc+T+Mcの4両にMc+Tcの2両を加えた6両編成もしくは基本編成×2の8両編成でした。(8両と言いましても後ろ4両はラッシュ時でも回送扱いでしたが。)
8両編成以外はサハが2両ついたことはありませんでした。まあ模型ですからどうでも良いことですが。ちなみにクモユニ81は常に上り先頭につけていました。クモユニが故障していたときはクモハ40077が代役を勤めていました。
懐かしい思い出です。

老婆心ながら大変失礼致しました。

投稿: コッペル3号 | 2011年8月 1日 (月) 16時33分

コッペル3号様;
 初めまして。ようこそ拙ブログへお越し下さいました。またご指摘ありがとうございました。実は大糸線の旧型国電は実物を見たことがなく、車輌製作も実車をそのまま模型化するのではなく、気に入った車輌を個々に作っては編成を組んでいます。そのため貴殿のおっしゃられるような奇異な編成になることもありますね。
 へなちょこな模型ですが、これからもよろしくお願いいたします。

投稿: 京洛電軌 | 2011年8月 1日 (月) 22時44分

京洛電軌様

ご理解いただけて光栄です。
約30年前まで大糸、飯田、身延の3線に旧国が走っていましたが、それぞれ独特の特徴がありました。

・身延線………保守のしやすさの為か電動車を
すべて偶数向きに統一していました。(低屋根改造車800番台に奇数が存在しないのはその為です。珍車クモハユニ44も全て偶数向きです。
・飯田線………山間地を走る関係上 馬力のあるモノを(クモハ51よりは54)好んだようです。長距離の為ロングシートは敬遠されていました。
・大糸線………どちらかと言うと来る者を拒まずで元々ロングシートオンリーだったものがいつの間にかクロスシート、セミクロスシートと一つの編成で何が当たるかお楽しみ的でした。
窓枠Hゴム改造も当地ではほとんどされませんでした。比較的編成が長かったのはもし動力車が1両故障しても運転が続けられるように考えられたみたいです。

お気づきかと思いますが運転台下のテールランプの庇が靜鉄車は下に長鉄車は上にあります。理由はわかりません。
私の生まれるは〜るか昔にはクモハユニ64が貨車を引っ張っていた事があったようです。
クモハ12001には何度か乗りました。当時小学生の自分は「なんでこの車両だけ短いんだろう?」と疑問に思っていました。
海坊主ことクモユニ81は模造紙で作ったような簡単な日よけを正面窓に貼っていたのを思い出しました。

大糸線旧国時代の映像があります。↓

http://www.youtube.com/watch?v=UOFrhHzojug

アナウンサーの「旧型国電」の発音がちょっと変ですが、お楽しみいただけるかと思います。

ちなみに飯田線もあります。↓
http://www.youtube.com/watch?v=IpUgv2O0OOU

この映像もおすすめです。↓伊那松島
http://www.youtube.com/watch?v=frpHmF8193g

投稿: コッペル3号 | 2011年8月 2日 (火) 13時26分

コッペル3号様;
 おはようございます。返事遅くなって失礼しました。
 クモハ12001は是非製作してみたい車輌です。2丁パンタだった頃の姿を再現したくて現在資料を収集しているところです。
 これからもよろしくお願いいたします。

投稿: 京洛電軌 | 2011年8月 5日 (金) 10時14分

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