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今年の第一作です

003 毎度ご乗車ありがとうございます。

 本日正午、今年の第一作となる車輌が完成しました。なんと国鉄のスロ53です。数日前、仕事の帰りにふと立ち寄った伏見のキッズランドで衝動的に(?)買ってしまったGMのキットを早速組んでみました。この系列はすでに何輌か保有していますが(GMの初期のキットです)、これらをリニューアルして往年の特急「はと」を再現したいと考えています。

 しかしながら、年始に京阪と市電を製作していくと言っておきながら、早速ものの見事に脱線してしまいましたね。この調子だと、今年の京洛電気軌道はあらぬ方向へ向かうのではないかと心配しております(笑)

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国鉄の模型」カテゴリの記事

コメント

京洛電軌さん、こんにちは。

昭和50年代は、いったん京阪の撮影から離脱して国鉄のほうに没頭していました。旧型電機、旧国、旧客のいわゆる3Kですね。オレンジ旧国が消えてからは、関西で手頃に見られるゴハチの荷物列車や団臨のほうになびきました。
なかでも旧型グリーン車は注目の的でしたね。スロの62は定期の夜行急行にも残っていましたし、沼津や名古屋の波動用もよくゴハチに牽かれて来阪していました。
そのなかで奥の院ともいうべきスロ54がまだ名古屋に残っていました。滅多にお目にかかれないのですが、相撲臨で京都に来たことがあります。新幹線の時代なのですが、角界では在来線の臨時を仕立ててくるのです。力士には新幹線の座席は窮屈なのでしょうか。上下関係の厳しい世界ですから旧客のハザにグリーン車をはさんで来ます。毎年同じ日の夕方の8103レで下ってくるので撮影は容易でした。カマ番に驚いたり、スロの形式を見たり忙しいのですが、車内の力士はワンボックス一人か二人でした。友人は京都駅で当時の横綱、北の海関を見たそうです。

投稿: クハ55071 | 2008年1月21日 (月) 12時37分

クハ55071さんこんばんは。
昭和50年代初期といえば、まだ旧型客車による急行が残っていましたね。でも実は旧客のグリーン車って、ほとんど見たことがないんですね。唯一53年に北海道で『大雪5号』に乗った時、旧型のグリーン車が連結されていましたが、当時はオロハネ10のほうに関心がありました。(ちなみに初運転のブログでD51重連の写真はこの『大雪5号』をイメージしたものです)
その後一人旅をするようになって山陰線や北陸線などの客車ドン行をわざわざ探して乗るようになりました。もちろんハザばかりですが、まれに背もたれが板張りのオハフ61が連結されていたこともありましたね。時代の流れでしょうが、最近のJRはこのような「旅人の乗る列車」がめっきり少なくなりましたね。

投稿: 京洛電軌 | 2008年1月22日 (火) 22時36分

京洛電軌さん、こんばんは。コメントありがとうございます。
オハフ61、なつかしいですね。山陰線で何度か乗ったことがあります。あれで旧線の保津川沿いをのんびり辿るのは格別でした。そういえば、まだトロッコ列車に乗ったことがありません。観光列車やイベント列車はあまり食指が動かなくて。
小浜線にも当時は客レが残っていて、オハユニ61でしたか、あれも板張りで、雪景色のなかをゆくのは味わいがありました。
北陸線の夜行急行「越前」「能登」上越線の「鳥海」にはスロ62系が最後の活躍をしていました。あのオハ61系からの改造とは思えない優雅な乗り心地で、短区間でしたが惜別乗車しました。山陰、小浜線とは対照的に特急街道の北陸本線をぶっ飛ばしました。
ぶっ飛ばすといえば、北の湖理事長、失礼しました。先のレスで誤変換がありまして。ぶっ飛ばさないでね。

投稿: クハ55071 | 2008年1月23日 (水) 00時48分

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