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「ホソ8」と「デブ8」(京都市電の思い出話)

008 毎度ご乗車ありがとうございます。

 さて、今日はちょっと模型から離れて、京都市電にまつわる超個人的な思い出話をしてみたいと思います。

 上の写真は昭和50年頃に西大路駅前で撮影したものですが、当時の⑧系統の系統板の字体はなぜか細長く、子供心にも変な感じがしていました。でも雑誌などで昔の市電の写真を見るともっとふっくらした感じの、誰が見ても「8」とわかる系統板なんですよね。なのにどうしてこんな変な字体にしたのか不思議に思ってました。

 ところがある日、友人からふっくらした感じの⑧系統を見たという話を聞いたんですね。この友人によると、系統板の地色の青が細長い⑧系統より少し明るい感じだったそうです。以来、私たちは細長い⑧系統を「ホソ8」ふっくらしたのを「デブ8」と呼んで、この「デブ8」を探すようになりました。

 それからしばらくして、私はついに「デブ8」と対面することができました。それが2枚目の1600型の写真ですが、なんと昭和51年3月末の丸太町、今出川、白川線廃止後は全てこの「デブ8」に変わってしまい、希少価値はなくなってしまいました。やっぱりあの「ホソ8」は不評だったんでしょうか。それにしても系統板を新調したとなると、それなりに経費もかかっていると思うのですが、赤字続きで「全廃」が表明されたにもかかわらずなぜこんなことをしたのか全く不思議な話です。

 最後に余談ですが、この翌年、河原町線と七条線の廃止が近づいてきた時、一部の電車でなぜか「ホソ8」が復活しました。それが最後の写真ですが、残念なことに撮影場所が特定できません。昭和52年に七条線で撮影したのは確かなのですが……004 007_2

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コメント

こんばんは。

「デブ8」なつかしい響きですね。
一枚目の写真は一緒に行動していて、横断歩道橋の上から構えていました。このあたりは交通量が多く、安全地帯へは陸橋を渡ることになっていましたし、撮影にも好都合でした。
九条の系統板ですが、四条、千本大宮線撤去の際に22番が新設され、その字体に合わせて8も細くしたのでしょうか。確か22の裏が8でしたか。
その後、おっしゃるように三線撤去に前後して系統板を新調してきました。8は太くなり見栄えがしましたが、色が明るくなり、少し小さくなったので板受けと合わなくなりました。
系統板の新調は烏丸や錦林もやってましたが、古い板を積んでいる車両もありましたね。少しサビのまわった渋い色調で、こちらのほうが好きでした。
晩年は、ワンマンカーのため系統板の盗難が相次いだそうで古い板が蔵出しされた可能性もありそうですが。

投稿: クハ55071 | 2008年2月28日 (木) 01時20分

こんばんは;
 あの頃の九条車庫の系統板は確かに8の裏が22でしたね。あと青色臨時の裏が青の16だったような気がするのですが……。古い系統板といえば、市電最後の1年は臨時の系統板が裏が13のまま使われていましたね。
 早いもので今年は市電がなくなって30年になるんですね。これを機に、というわけではありませんが、最近市電に関するいろんな話(エピソードなど)を探しています。またこのブログでも発表したいと思います。

投稿: 京洛電軌 | 2008年2月29日 (金) 22時36分

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