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軽便鉄道を求めて⑥~旅の終わり~

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 昼食をとっている間に、幸い雨は上がりましたが、もはや青空が出ることはありませんでした。小田東から笠岡駅行きのバスに乗り、約10分で新山に到着。バスの時刻を確認してから、井笠鉄道記念館へ向かいました。

 鉄道記念館の場所は意外にすぐわかりました。保存車輌(1号機関車、ホハ1、ホワフ1)はいずれも屋根の下に展示されていましたが、それにしてはややくたびれた印象を受けました。でもその一方で、これが現役時代そのままの姿ではないかと思ったりもしました。他にも昔の乗車券など、資料も多数展示されていましたが、中でも私が一番興味を惹いたのはやっぱり模型でしたね(笑) 

 最初の予定ではこの鉄道記念館もレンタサイクルで訪れた後、井原鉄道~JR吉備線経由で岡山に出て高速バスで帰るつもりでした。でも雨のため計画を変更、バスで笠岡に戻って山陽本線で岡山へ行くことにしました。バスで再び笠岡に戻った私は、最後にもう一度ホジ9を見に行きました。そして16:59の快速で笠岡を出発、帰路につきました。2日目は天候に恵まれませんでしたが、それでも見ようと思っていた軽便の車輌を全て見られて満足のいく旅でした。185

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コメント

お疲れ様でした。実はこの岡山エリアはちょくちょく訪れているのです。高速バスでのアプローチではなく、青春18キップなんですけど。
青春18を手にすると、どうしても新快速に乗ってしまい、姫路に行き着き、岡山の115系に触発されてしまうのです。一時期凝ってました。いい編成が入っていない時はちょっと寄り道。ローカル私鉄に立ち寄ってみたりします。
下津井電鉄では、赤いクレパス号が好きでしたね。あれこそ軽便電車。ただ、落書きがいただけませんでしたが…。
終点、下津井の雰囲気も好きでした。夏の夕暮れに、ホームで女の子がたむろしていました。ヒマワリが咲き乱れて。使われなくなった貨車や電車が無造作に置かれていたり…。
瀬戸大橋で一気にスポットを浴びましたね。メリーベル号。でも長くは続きませんでした。関連のバス部門の打撃もあったようですが。
廃線直後も訪れました。駅前に創業者?の銅像が建っているのは変わりありませんが…。
ただ、その表情が訪れる毎に違って見えるのです。メリーベル号の時はやけに厳しい表情に感じました。廃線直後は全く違う表情に見えました。
気のせいでしょうか。それが妙に気になっています。
夏の廃線跡…。何か怖さを感じます。

投稿: クハ55071 | 2009年8月 5日 (水) 01時23分

クハ55071様;
 こんにちは。銅像の表情、何か不気味ですね。そう言えばこれは私が見過ごしていたのかも知れませんが、その創業者の銅像、先日の旅ではなかったように思うのです。駅舎は跡方もなくなってましたが、銅像はどうなったのでしょうかねえ。
 下津井電鉄は1990年頃に一度だけ訪れたことがあるのですが、本数が少なかったので児島から下津井までいって、車庫内で保存車輌を撮影してすぐ引き返しました。今思えば多少無理してでも途中区間の走行写真を撮影しておけばよかったと悔やまれます。

投稿: 京洛電軌 | 2009年8月 6日 (木) 11時11分

こんばんは。コメントありがとうございます。
銅像はなくなっていましたか…たしか駅舎の前に立っていたようですが。
銅像とか人形。ちょっと苦手ですね。それに窓ガラスに鏡…学校の教員にならなかったのは宿直が怖いから(>_<)
平成5年は、姫路から岡山あたりの廃線跡を歩きに行っていました。今年と同じく、いや、それ以上に雨の多い夏でした。盆休みに入っても雨は途切れることなく降りつづきました。
別府鉄道跡を訪れました。何事もなく、北沢産業網干鉄道、国鉄飾磨港線跡も何事もなく歩き、夕暮れの港で途方に暮れました。
日を改めて同和鉱業片上鉄道跡を訪れました。岡山の115系を撮った帰りに和気から行ける所まで北上するつもりでした。既に夕方に近く、小雨模様でした。傘が無かったので、いつでも引き返すつもりでいたのですが…
ようやく駅跡が現れました。線路や待合室は残っていました。この先、線路は雑草に覆われており、待合室で雨宿りしたあとバスで引き返すつもりでした。
和気へ戻るバスに乗るつもりが、なぜか北上するバスに乗ってしまったのです。雨はしんしんと降りつづいています。薄暮に煙る吉井川。
夕暮れの旅情は感じられませんでした。一人一人降りていきます。帰りのバスはあったのだろうか?いつもはそれを確認してから奥に向かうのですが…
吉ヶ原に着いた時は雨は小やみでさたが日は落ちていました。最終バスは間に合いました。
それまでの間、トンガリ屋根の駅舎などをバルブ撮影しました。ここは車庫もあって、貨車などもそのまま置かれていました。
そんな気候ではないのに、妙に肌寒さを感じました。バスが早く来てほしい!何か戦慄のようなものを感じはじめた時、バスのヘッドライトが見えました。バスに乗ってしまえば、まあ何でもなかったのです。
しかし、数日後、写真を焼いてみて。
何だ!これは!

投稿: クハ55071 | 2009年8月 6日 (木) 19時14分

クハ55071様;
 こんばんは。何とも不気味な廃線跡探訪でしたね。私は旅先や撮影行でそのような体験をしたことはないですねえ。荒廃して放置された廃車体は何度か見たことがありますが「これはこういうもの」みたいに思って何も感じませんでした。それはさておき、その時撮影された写真は何だったのでしょう。気になるところです。

投稿: 京洛電軌 | 2009年8月 7日 (金) 22時08分

戦慄の心霊写真のようでした。
トンガリ屋根の駅舎跡の窓ガラスに、何か妙な白い模様がいくつも出ている、それが人の顔でした。
しかも、みんなこちらを見ているのです。外国人?と思われる顔もありました。
別のカットでは、人の手のような白いものがX印をして、駅舎の入り口を塞いでいました。
霊が呼んでいたのでしょうか?何かを訴えたかった。
たとえば建設工事で亡くなった人たちだったのかもしれません。列車が走っているうちはいいにしても、廃線になって放置されたあとの無念は…
慰霊祭のようなことも必要かと思いました。
これらの写真は霊の表情からしてもただ事ではないと感じ、週刊誌に書かれている方法で供養のあと焼却しました。

投稿: クハ55071 | 2009年8月 8日 (土) 00時43分

クハ55071様;
 それはまさしく心霊写真ですね。場所から考えて、鉱山関係者ではないかと推測されますが、ともあれ貴殿には何もなかったようでよかったですね。おそらくその時バスが来たのが貴殿にとって幸いだったのでしょう。私も廃線跡探検の際には気をつけようと思います。

投稿: 京洛電軌 | 2009年8月 8日 (土) 22時57分

京洛電軌様、ありがとうございます。
 そういえば、片上鉄道、どこかの不動産会社?の手で再生させようとして、それがたち消えになったような事を聞いたことがありますが。
やはり、何か…

片上鉄道には旧型客車による「ブルートレイン」が走っていましたね。夕方に片上を出て、和気で長時間停車したあと夜の吉井川沿いを遡っていくというスジ。
実はあれに乗って吉ヶ原の駅舎でマルヨして、翌朝の「ブルートレイン」で戻ろうか、と企画したことがありました。
若さゆえの企画だったのですが、何故か気が乗らなくて断念しました。想像しただけで背筋が凍りますね。

投稿: クハ55071 | 2009年8月 9日 (日) 01時04分

クハ55071様;
 おそらく無意識のうちに何らかのブレーキが働いたんでしょうね。確か片上鉄道の沿線はほとんどが寂しい所だったように記憶しているので、断念したのは正解だったと思います。
 私はマルヨの経験はありませんが、駅の待合室に午前3時頃までいたことがあります。夜行列車を待っていたのですが、現在のように24時間営業のコンビニやファーストフードなどなかったので何もすることがなく、あんまり気持のいいものではなかったですね。

投稿: 京洛電軌 | 2009年8月 9日 (日) 22時29分

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