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運行回数いまむかし(京都市電の話)

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 久しぶりに京都市電の話をしてみたいと思います。

 去年買った鉄道友の会京都支部支部報「車両基地」№61(京都市電廃止30周年記念号)に、非常に興味深い記事が載っていました。昭和42年に実施された調査なんですが、当時の系統ごとの運行回数が時間帯別で出ていたんですね。今でも当時の市電と同一ルートをたどる市バス系統がいくつかありますが、今日は昭和42年当時の市電の運行回数と、現在の市バスの運行回数を比較してみたいと思います。尚、時間帯は平日昼間時(11時~15時)に限って比較します。

 まずは①系統(みぶ~百万遍~みぶ)ですが、昭和42年当時は1時間当り8本運転されていました。現在この①系統と同一経路をたどる市バス201系統は4~5本と、かなり減便されています。また同じく四条通を走る⑦系統(九条車庫~祇園~九条車庫)は1時間当り5本運転されていましたが、現在同一経路の市バス207系統も5~6本と、こちらは昔とほとんど変わっていませんでした。

 東山線を走っていた⑥系統(京都駅~東山七条~高野~烏丸車庫)は1時間あたり6本運行されていましたが、現在の市バス206系統は8本と、市電時代より増便されています。やはり観光客が多いからでしょうね。また河原町線の⑤系統(京都駅~四条河原町~洛北高校~烏丸車庫)は1時間当り5本に対し、市バス205系統は7~8本と、こちらも増便されています。

 逆に当時に比べて激減しているのが②系統(京都駅~河原町今出川~銀閣寺)でした。昭和42年当時は1時間当り10本運行されていたのが現在の市バス17系統はなんと4本と、半数以下になってるんですね。ちなみに現在の京都駅~四条河原町間を走る市バスは他に4系統がありますが、これら三つの系統をトータルした運行回数は1時間当り15本、平均するとおよそ4分おきに何らかのバスが来ることになります。一方、当時の市電は②と⑤の他に⑮系統が4~5本、⑱系統が2~3本運行され、トータルの運行回数は約22~28本、平均2~3分間隔と、まさに「待たずに乗れる」状態だったんですね。

 最後に伏見線を見てみましょう。⑨系統(京都駅~中書島)が1時間当り6から8本、⑱系統(河原町二条~中書島)が2~3本、合計で8~10本運行されていましたが、現在この区間を走る市バスは81系統1本だけで、しかも運転間隔は1時間当り3~4本と、半数以下に減便されています。ちなみに昭和51年頃、伏見線の跡を市バスでたどったことがあるのですが、当時の81系統はほぼ10分ヘッド、また⑱系統の代替だった82系統が20~30分ヘッドと、昔の市電と同じぐらいの運行回数を保っていました。

 ところで、昭和36年に廃止された北野線はだいたい何分ヘッドの運転だったのでしょうか? ご存じの方がいらっしゃいましたら伺いたいものです。

 というわけで今日の写真は現在製作中の2600型の実物写真です。

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コメント

おはようございます
市電と言えば、現在のバスよりも乗車定員が多かったのでは。一番小さいと言われた2000形で80名前後、一番大きかった1000形なら90名以上乗れたのでは。
 烏丸線が廃止された時、沿線の高校で遅刻が大量発生!理由はバスが満員でバス停を通過する、これは京都新聞にも掲載され、交通局はあわてて増発した。その結果ラッシュに拍車かかった。と悪循環に陥ったことが・・・・・。
 それと阪堺に譲られた1800形の1両がアメリカ・アリゾナ州ツーソン市に渡り、阪堺電鉄のCMカーのまま動態保存されていましたが、京都市電800形に復元されたとか。

投稿: 山科の鉄ちゃん | 2009年11月26日 (木) 07時44分

山科の鉄ちゃん様;
 こんばんは。収容力は確かにバスより電車のほうが大きいと思います。手持ちの資料を見たら、2000型と2600型は定員90人、1600型が84人でした。1000型は市電最大の車輛ですが定員90人というのは意外でしたね。
 

投稿: 京洛電軌 | 2009年11月28日 (土) 19時18分

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