« 久しぶりに大阪へ行ってきました | トップページ | 101輌目の京阪電車 »

遠い日の謎の線路(京都市電の話)

003 006 005 007

毎度ご乗車ありがとうございます。

 それはもう何十年も前、私が幼稚園に入るか入らないかの頃でした。京阪電車の特急に乗っていると、七条を出てから非常にゆっくりとしたスピードで平面交差を通過する所がありました。

 電車同士の平面交差は四条京阪の近くで生まれ育った私にとって見慣れた光景だったのですが、そこは道路じゃなくて専用軌道(当時はもちろんそんな言葉は知りませんでしたが)同士の平面交差だったんですね。そして交差している線路は、ただまっすぐに遠くへ続いていました。

 この線路は一体何なのか。幼心ながら私にとっては「謎の線路」として妙にひっかかってました。ところがある時、一度だけこの線路上に電車が停まっているのを見たことがありました。それはなんと市電の500型でした。もちろん当時の私は市電の形式など全然知りませんでしたが、電車の形だけは今もはっきりと憶えています。市電が道路でない所(=専用軌道)を走っていたのが当時の私には奇異に映ってましたね。

 それから後の記憶はありません。ただ一度だけ、撤去されたレールが端に寄せられているのを京阪電車の車窓から見たような気もするのですが、定かではありません。これが市電の稲荷線だと知ったのはそれから数年後のことでした。

 ということで今日の写真は昭和50年に撮影した稲荷線の廃線跡です。当時はまだ稲荷電停の屋根が残っていましたし、京阪との平面交差部分も脇に建築物などなくて見通しもよかったですね。

|

« 久しぶりに大阪へ行ってきました | トップページ | 101輌目の京阪電車 »

京都市電の話」カテゴリの記事

コメント

こんばんは。
なつかしい光景ですね☆市電稲荷線は一度だけ乗った記憶があります。
稲荷の電停はかなりの列で、帰りの800形は満席になりました。白熱灯がノッチを入れると一旦暗くなり、ノッチを進めるとパーと明るくなったのを覚えています。
平面クロスはあまり覚えていませんが、勧進橋までずいぶん急な下り坂でした。

投稿: クハ55071 | 2010年10月15日 (金) 21時26分

伏見稲荷駅南側の平面交差ですか、稲荷線には乗った事は無いのですが、特急の窓越しに市電を見たことが有ります。それよりも伏見稲荷駅に「脱線ポイント」が設置されていたのを覚えています、調べてみると『昭和6年と9年に市電と京阪電車との衝突事故がおき、その対策として設置されたもの』だそうです。

投稿: 山科の鉄ちゃん | 2010年10月15日 (金) 22時49分

皆様こんばんは;

クハ55071様
 稲荷線の線路跡は自転車で何度も走ったことがありますが、師団街道の踏切を過ぎると下り坂になって、勧進橋の手前でまた上り坂と、以外にアップダウンがありますね。廃止から今年で40年ですが、ゆっくり走っていると今でもこの道路に背を向けている家が残っていたりして、かつてここが線路だったことを偲ぶことができます。

山科の鉄ちゃん様
 お久しぶりです。稲荷での衝突事故は裁判の結果、2回とも京阪側が負けたそうです。それで昭和9年の事故では大破した市電の賠償として石坂線の車輌を市電に譲渡しましたが、あんまり使用されることはなかったようです。

投稿: 京洛電軌 | 2010年10月16日 (土) 22時20分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 遠い日の謎の線路(京都市電の話):

« 久しぶりに大阪へ行ってきました | トップページ | 101輌目の京阪電車 »