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2011年2月

旅する人の列車を作る

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 GMの客車キットをメインに、往年の国鉄の夜行列車を再現してみました。寝台車は幅が狭く寝返りがうてないし、座席車はほぼ垂直の硬い背もたれで、長時間座っていると尻が痛くなる。お世辞にも快適とは言えない車内でしたが、それでもふり返るたびに妙に懐かしく、何度でも乗りたくなる。今のJRにはなくなってしまった「旅する人の列車」の数々です。

 最初の写真は札幌~網走間の急行『大雪5号』です。3号車のオロハネ10が異彩を放ってました。グリーン車の後のハザは全てスハ43系です。2枚目は京都~都城間の急行『日南3号』の末端区間の編成です。荷+Bネ+ロザ2輌+ハザ4輌という軽めの編成が模型には好適ですね。ちなみに実物は『大雪5号』はC58が、『日南3号』はC57がけん引していましたが、うちではいずれもD51が担当しています。

 3枚目の写真は夜行列車ではありませんが、C62けん引の特急『はと』です。最後尾の展望車だけは関水製の完成品です。余談ですが昔、展望車の市販品がなかった頃、スハ44とスロ53の車体を切り継いで展望車を作ろうとしたことがありました。切り継ぎはどうにかうまくいったのですが、展望部分がうまく作れず、結局自由型のスロハになってしまいました(笑)

 そして4枚目と5枚目は10系時代の急行『きたぐに』です。荷物・郵便車を含めて堂々14連という長大編成ですが、運転場が狭いので写真のように機関車が同じ編成の最後尾を追いかけるような感じになってしまうのが辛いところです(笑) この編成の郵便車と座席車は全てキャブ製のナハ10系です。巷では骨董品(?)になっているようですが、うちの鉄道では普通に運用されています(笑)

 今後はオール10系寝台車による編成もやってみたいですね。またGMの客車キットの中で、オシ16が製作してからまともに編成に組まれたことがないので、同車を組み入れた列車を現在物色中です。いずれにしても、客車の増備はまだまだ必要ですね(笑)

 と言うことで最後の写真は先日完成させたオハネ12です。002

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京洛電気軌道1500型

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 今年の初めに、路面電車で自由型の永久連結車を作りたいと書きましたが、このほどその第1作が完成しました。「もともと両運のポールカーを片運化して永久連結車に改造した」というコンセプトで、デザイン的には「どこにでもあったような昔の市電」をイメージしてみました。連結車のコンセプトはかつての三重交通神都線にもありましたが、今回製作したのはその京洛電軌版というわけです。

 今回はカプラーにマイクロエース製の自連を使用しました。以前富山地鉄のデ5010型を製作した時、購入しながら使わずじまいだったもので、これを何とかしたかったのが今回使用の理由でもありました。でも私個人としてはやっぱりカプラーはアーノルトが使いやすいですね。それからモーターは関水の小型ユニットを使いましたが、台車が近代的すぎるんですよね(笑) この車体にはT車がはいているブリルあたりが最適なのですが、私の工作力を考慮して目をつぶることにしました。

 形式は1500型、車番は1502+1503としました。今後は同型を京洛電軌のオリジナル型式として増備していこうと考えています。現在、片運化前の姿として1501の車体を製作しているところです。

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ぶらり、チャリ旅~早春の嵐電を撮る~

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 今日は天気もよく暖かかったので久しぶりに愛用のチャリで嵐電の撮影に行って来ました。今回は主に帷子ノ辻以西の有栖川、鹿王院などで撮影しましたが、四条大宮~帷子ノ辻間と違って「これは!」と思うような撮影スポットを見い出すことができませんでした。やはり沿線のほとんどが住宅地で風景的にも単調だからでしょうか。でもまた桜の季節になったら一日乗車券を使って連結車の撮影に行きたいと思います。

 ところで、嵐電も開業100周年を機に塗色の変更が進められています。今日ざっと見た限りでも5輌ぐらい新塗装化が完了していました。今のところモボ101型や301型は新塗装になっていませんが、現塗装と桜のコラボが撮れるのも今年限りのような気もします。ちなみに嵐電の新塗装は紫の一色塗りですが、昨今の鉄道車輌の訳のわからん塗り分けに比べたら落ち着いていていいかな、なんて思ったりもしています。

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京阪1700型も製作進行中です

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 先日のオロネ10の写真に、何気に京阪電車が写っていたのに気づかれた方もいらっしゃるのではないでしょうか? そうです。実はオロネ10とほとんど同時に、京阪1700型も2輌完成させておりました(笑)

 今回作ったのは3ドア一般色の晩年の姿で、車番は1705+1755(Mc+Tc)にしました。あとこれに続くM+Tcも製作中ですが、以前製作した1800型との併結5連もいいかも知れませんね。

 1700型はこれまで3ドア一般色4輌、2ドア特急色2輌、3ドア特急色2輌及び2ドア一般色3輌製作しましたが、ゆくゆくは各種4連1本(3ドア一般色のみ2本)ずつ揃えたいと思っています。そうなると1700型は総勢20輌になるわけですが、実車の1700型は実は18輌だったんですよね(笑) でもまあ、そこは模型の世界と言うことで良しとしましょう……。

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200円のオロネ10

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 正月の鉄道フリマで、実はもう1輌、中古の車輌を買っていました。それがこのオロネ10で、GMの初期のキットを素組みしたものでした。車体は無塗装だし、床下のダイキャストは銀色むき出しでしたが組み立てはきっちりできていたので購入しておきました。

 そしてこの程、このオロネ10をリニューアルしました。まず床板をはずして上まわりを塗装、窓ガラスも新しく付け替えました。もちろん下まわりも黒く塗装、これだけでも一応は見られる車輌になったと思い込んでいます(笑) それより特筆すべきはこのオロネ10、なんと購入価格200円でした。

 ところで、このオロネ10の運用ですが……。

 まだ先の話ですが、さらに寝台車を増備して『銀河』『阿蘇』など往年の夜行急行を再現したいですね。牽引機はEF58あたりになるでしょうか。実車の編成についてもいろいろ調べているところです。

 

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51系6連走る!

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 正月の鉄道フリマで購入した旧型国電4輌の改修工事がこのほど完了し、前から所有していた2輌と合わせて51系のみによる6連運転を始めました。雑多な形式による混成も面白いですが、一形式だけの編成も統一感があっていいものですね。それと旧型国電はやっぱり茶色がよく似合いますね。今回のクモハ51系は京阪神緩行線のつもりですが、岡山ローカルや常磐線なんかにも触手が動きそうです。ちなみに写真の茶坊主(クハ76)の反対側は常磐線のクハニ67になってます(笑) 

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 なんてことを書きながら、久しぶりにオレンジの旧型国電も運転してみました(笑) 以前GMの客車キットのリニューアルを全面的に行いましたが、今年あたり旧型国電のリニューアルも必要かな、とも思っています。

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吹雪の鞍馬路

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 今朝起きたら京都は雪が積もってました。雪といえば思い出すのが小学校の頃、初めて買った鉄道ピクトリアル誌に出ていた「吹雪の鞍馬路」です。同誌ではちょうど「私鉄車輌めぐり」で京福電鉄(京都)を取り上げていたのですが、そこに掲載されていた雪の中を走る叡電の写真を見た時、子供心に大きな衝撃を受けました。

 それまで京都で雪と言えば、せいぜい屋根が真っ白になるか、ひどくても道路がうっすらと白くなる程度しか見たことがありませんでした。ところが鉄ピク誌に掲載されていたのはまるで雪国を思わせるような積雪の中を走るデナ121型やデオ201型の写真でした。これが同じ京都なのか……当時の率直な感想でした。そしていつかこの光景を自分でも撮影したいと想うようになりました。

 それが実現したのが1980年頃だったと思います。元より寒さに弱い私は普段以上にセーターやコートを着込んで朝から撮影に出かけました。それが今回紹介した写真ですが、いずれも二ノ瀬周辺で撮影したものです。当時の鞍馬線は二軒茶屋から先が30分ヘッドと少なく、電車を待つ間の寒さが身にしみたのを憶えています。

 で、今日ですが……。

 雪の撮影には行かず、一日中家で模型をいじっておりました(笑) 寒い日はたまってる模型製作を片付けるに限りますね。

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京洛電気軌道右京線

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 前回にひき続き、特殊狭軌線の想定路線図を考えてみました。軽便車輌は電車だけでなくディーゼルカーも製作しているので、今回は非電化の路線を紹介します。先の左京線御薗橋から分岐して衣笠~御室~北嵯峨を経由して国鉄嵯峨に至る右京線を考えてみました。駅名は以下の通りです。

御薗橋~0.6~御土居~0.4~紫野~1.1~金閣寺~0.8~衣笠~0.7~龍安寺~0.7~御室~0.4~福王子~0.8~音戸山~0.4~山越~0.6~広沢池~0.9~観空寺~0.5~清滝道~0.5~門前~0.9~嵯峨

 営業キロ9.3km、全線単線の専用軌道で車庫は嵯峨にあるという想定です。路線名は左京線に対して単純に右京線としましたが、路線の半分以上は右京区を通っています。

 ここまで来ると運行ダイヤなんかも考えてみたくなりますね(笑) うちの路線の場合、軽便とは言えあまり田舎じゃない所を走っているので結構頻繁に走るダイヤになりそうですね。でもまあ、ここしばらくは車輌の増産に励もうと思います。

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想定路線図を考えてみました

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 先日のブログでちょこっと書きましたが、軽便模型鉄道の路線図を考えてみました。一応京都市内の鉄道で、社名も京洛電気軌道をそのまま使用し、その特殊狭軌線ということにしました。(ちなみに京洛電気軌道は京都を走る路面電車線です…それにしては路面電車より京阪電車ばかり作っていますが…笑)

 で、路線ですが、石段下(京都市東山区)を起点に東山山麓~一乗寺~上賀茂を経由して志久呂橋(京都市北区)に至るルートを考えてみました。地図式の路線図をここでお見せできないのが残念ですが、駅名は以下の通りです。

石段下~0.3~華頂道~0.7~粟田口~0.4~インクライン下~0.8~鹿ヶ谷~0.5~法然院~0.6~銀閣寺~0.5~東今出川~0.9~瓜生山~0.9~下り松~0.6~一乗寺~0.7~浄水場前~0.8~松ヶ崎~0.6~西山~0.6~深泥池~0.7~大田神社~0.6~御薗橋~0.8~柊野別れ~0.4~山ノ森~0.6~志久呂橋 (駅間の数字はキロ程です)

 営業キロ12.0km、全線単線電化で、華頂道~粟田口の一部と下り松~浄水場前及び深泥池~御薗橋が併用軌道になっています。また華頂道~粟田口間では京阪電鉄京津線と、一乗寺では京福電鉄叡山線と平面交差しています。車庫は西山にあるという想定です。路線名はその大部分が京都市左京区を通っていることから、京洛電気軌道左京線としました。

 特殊狭軌線にはもう一つ、御薗橋から分岐して国鉄嵯峨に至る9.3kmの右京線がありますが、これは次回に紹介したいと思います。ちなみに右京線は非電化線という想定です。

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軽便電車と言えば……

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 軽便電車と言えば、かつての近鉄内部・八王子線のモニを思い浮かべる方も多いのではないでしょうか? 私もその手の車輛が欲しいと思って、1輌製作しました。

 プロトタイプはもちろん近鉄のモ二220型ですが、客用ドア間の窓を5つに減らして全長を短くしました。これで鉄コレ用動力ユニットの16m級に合う長さになったのですが、同ユニットがどうしても入手できなくて、やむなく15m級で間に合わせました。このためサハを連結した時の間隔が狭くなるのが難点ですが、とりあえず16m級が入手できるまでは我慢しようと思っています。

 形式はデハニ53にしました。これで作った軽便電車は3輌、またディーゼルカーも3輌になりました。いずれも自由型ばかりですが、軽便車輌に関しては「模型鉄道」を表現したいと考えています。電車とディーゼルカーの両方あるので、電化線、非電化線の想定路線図も現在構想中です。

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60年前の廃止計画(京都市電の話)

毎度ご乗車ありがとうございます。

 先日、図書館で昔の京都新聞のマイクロフィルムを閲覧していたら、すごい記事を発見しました。

 昭和24年7月1日付の京都新聞でしたが、この時期、京都市ではなんと市電四条線(祇園~四条大宮)を廃止してバス化することを決定していたんですね。しかもその時期は遅くても昭和25年中には実現させる方向だったようです。

 この時代といえば戦後の復興が徐々に進んできた頃で、都市交通もバスより市電が中心だったし、京都でもまだまだ市電路線を延長する計画がありました。その一方でこの時期に京都でも一番の繁華街を走る路線を廃止しようという動きがあったのは驚きでした。

 廃止の理由は線路があることで道幅が狭くなるというのが一番で、これにより街の美観と騒音防止になると考えられていたようです。さらに撤去したレールは下鴨線などの新線建設に転用するという計画でした。

 市電をバスに替えて騒音防止になるか正直疑問ですが、当時は市電廃止と共に四条通を拡張して街路樹のある道路にしようという構想もあったようです。これが実現していたら現在の四条通のイメージは随分違ったものになっていたでしょうね。

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