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特急『日本海』思い出話

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 いよいよ寝台専用特急(←あえてこう書かせていただきます)『日本海』の廃止が目前に迫ってきました。個人的に『日本海』は初めて乗ったブルートレインでもあり、非常に思い入れのある列車です。そこで今日は、『日本海』にまつわる思い出話なんかをしてみたいと思います。

 私が初めてこの『日本海』に乗ったのは昭和49年の夏、家族で北海道へ旅行した時でした。当時はまだ20系で食堂車も連結されていて、しかも現在と違って米原経由で運転されていました。写真こそありませんが、出発の夜、『日本海』のヘッドマークをつけたEF58が京都駅1番線に入線してきた時の感動は今でもはっきり憶えています。この時の私の寝台は中段で、上段との間隔が狭くて子供の私でも上半身が起こせませんでした。初めてのブルートレインは見る物全てが珍しく、夜が更けてもなかなか寝付けませんでした。京都を発車してから米原で機関車の交代で10分の停車。それから敦賀、福井、金沢、富山と停車していくのを寝られないまま窓の日よけのすき間からこっそり眺めていました。

 初めてのブルートレイン、それは私が初めて「人との出会い」を知った旅でもありました。この時向かい側の寝台には同じく京都から、やはり北海道へ行くという家族連れが乗っていたんです。両親と私より一つ下の少女と幼稚園の妹の四人連れでしたが、この家族連れとのいろんな会話や、夜が明けてからはみんなでトランプなんかをしたことが今でも忘れられない旅の思い出になっています。その後高校生になってから私は一人旅をするようになりましたが、そんな私の「旅好き」のルーツは正にこの『日本海』で出会った家族連れでした。青森まで12時間以上の長い道中でしたが、この家族連れとの出会いによって本当に楽しく過ごすことができました。

 でもこの旅で私はもう一つ、初めて知ったことがありました。それは出会いの後には必ず「別れ」がやってくることでした。

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