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終夜運転今昔

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 1月も10日を過ぎて、正月気分もだんだん抜けてきましたが、今日は大晦日の終夜運転の話を書いてみたいと思います。

 今でこそ大晦日の終夜運転は多くの鉄道が実施していますが、私の記憶が正しければ、これは比較的最近になってからで、私の幼少の頃(昭和40年代)に終夜運転を行っていたのは京阪と近鉄特急ぐらいではなかったかと思います。また現在の終夜運転も、ほとんどの鉄道が1時間に2~3本程度の運転(それもほとんどが普通列車)なのに対し、京阪は昔から日中とあまりかわらない頻度で運行してきました。

 不鮮明で申し訳ありませんが、写真は京阪四条駅で撮影した昭和50年大晦日の終夜運転時刻表と昭和51年元日の正月用時刻表です。当時は0~1時台が20分ヘッド、2~3時台が15分ヘッドと、深夜のほうが高頻度の運転でした。また急行は「深夜急行」として中書島~枚方市間が各駅停車で、普通は三条~中書島、枚方市~淀屋橋の折り返し運転でした。ちなみにこの終夜急行、枚方公園と寝屋川市は通過でした。

 その後(これも私の記憶が正しければ、の話ですが)京阪の終夜運転は三条~淀屋橋の準急と萱島~淀屋橋の普通の2本立てになり、鴨東線開業の頃から現在のような急行と普通の2本立てになりました。しかし近年は京阪も運転本数が徐々に少なくなってきたみたいで寂しい限りですね。

 それから正月時刻表です。日中の10分ヘッドは現在と同じですが、特急が22時台まで運転されていた他、昼間の急行が守口市にも停車していました。これも私の記憶が正しければ、の話ですが、一時期特急の運転時間帯が20時ぐらいで終わっていた頃があったような気がします(もちろん当時の特急は七条~京橋ノンストップです)。

006 それからおまけの写真です(笑)

 実は先月、倶楽部2600様のブログにコメントさせて頂いたのですが、これに関してこんな写真が出てきましたので掲載します。昭和50年頃に三条の京津線ホームで撮影したショーボート専用車の案内表示です。シャッターチャンスがブレてしまってますが(笑)

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