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キハ25もバス窓で

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 ペーパーシートのキハ20を完成させてから、今度は片運のキハ25を作りたくなりました。で、どうせ作るなら完成品にはないバス窓タイプにしようということで側面の窓抜きから着手しました。また前面はペーパーシートの余ったパーツをそのまま流用しました。前面の製作過程は先のキハ20と同じですが、今回幌枠はペーパーシートのパーツを使ってみました。結果は意外にいい感じになったと思っています。またバス窓のHゴムやドアのプレス部分にもペーパーシートのパーツをふんだんに使わせていただきました。ペーパーシートには失敗を見越して細かいパーツは余分に印刷されているのですが、これを他の自作車輌に活かせるのもペーパーシートの利点だと思います。

 これから屋根の製作にかかるのですが、積層屋根はさすがに私の腕では手に負えないので、バルサ材からの削り出しになりますね。それから塗色はもちろん青とベージュの旧塗装にするつもりです。

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コメント

京洛電軌さん、暑中お見舞い申し上げます。
バス窓のキハの窓を全開にして、渓流からの涼風を浴びながら…こんな旅行も久しくしていませんね~
バス窓のキハ25を最後に見たのは岩国駅でした。朱色一色でしたが。岩徳線、岩日線あたりで運用されてたのでしょうか。すでに休車留置だったと思います。
たしか志布志に行けばバス窓がかなり残っていたようですが、さすがに遠くて断念。今は志布志からミネラルウォーターが入荷してきてます。

投稿: クハ55071 | 2013年7月25日 (木) 19時31分

クハ55071様;
 暑中お見舞い申し上げます。
 志布志へは実は1985年夏に行ったことが、と言うか通ったことがあります。ちょうど「チャレンジ20000km」が流行っていた頃で日南線と大隅線を完乗したのですが、当時のアルバムを見てもバス窓でないキハ20がほとんどでした。
 それで今改めて昔のアルバムを見返していたら、昭和48~50年にかけて山陰線や奈良線で撮影したバス窓キハ25の写真が何枚かありました。記憶はもうほとんど消えかかっていますが、案外目にしていたのかも知れませんね。

投稿: 京洛電軌 | 2013年7月25日 (木) 23時00分

京洛電軌さん、コメントありがとうございます。
志布志を通られましたか。59-2改正あたりで置き換えの嵐が吹いたのでしょうか。郵便荷物気動車の用途廃車など、この時期はバス窓を含めた経年車両の置き換えが進んだようです。
関西エリアではキハ25はあまり記憶がないですね…
昭和47から50年頃ではキハ17を山陰線や奈良線で見かけてました。山陰線では臨時快速丹波路にキハ20に混じっていたり、奈良線ではHM付きの伏見稲荷号にも入っていました。
キハ17は一気に無くなった感じでしたが、キハ10は天ナラに2両残り、奈良線や片町線で乗りました。バス窓に加えて白熱灯が独特の雰囲気でした。

投稿: クハ55071 | 2013年7月26日 (金) 20時24分

クハ55071様;
 こんばんは。私が撮影したバス窓キハ25ですが、1枚はキハ17を先頭にした伏見稲荷号の後部に連結されていたものでした。側面のアップでいい写真とは言えませんけどね(笑) もう1枚は京都駅山陰線のホームで撮影したもので、キハ17をはさんで両端がバス窓のキハ25でした。また何かの機会に拙ブログでも紹介したいと思います。

投稿: 京洛電軌 | 2013年7月28日 (日) 23時40分

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