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60年前の新駅計画

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 このところ「嵐電ネタ」の多い拙ブログですが、今日はさらにもう一つ嵐電の話をしたいと』思います。

 ちょうど1年前の明日(4月1日)、北野線に撮影所前駅が誕生しましたが、実はこの新駅構想はなんと60年以上前からあったんですね。
 昭和30年8月8日付の京都新聞によりますと、同駅新設の要望は大映、東映の両社が従業員の足の確保や見学者の利便性を理由に昭和27年頃から出されていて、京福電鉄側もバスの客を取り返せるというので駅の設計図まで製作していました。ところが地元の商店街から「客をとられる」と反対を表明したので計画は保留のままになってしまいました。ちなみに当時の撮影所前駅は嵐山本線の帷子ノ辻~太子前(現太秦広隆寺)間に新設される計画でした。
 

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