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京阪タイプ自由型?

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 製作を進めていた特急仕様の京阪1312がこのほど完成しました。本来1300型の特急仕様車は3枚目の写真のように1700型の増結用として改装されたもので、1300型だけで特急編成を組むことはなかったと思われます。しかしそこは模型ならでは(?)の楽しみで、同型だけの特急編成があってもいいんじゃないかと、1312にはあえてモーターをつけました。
 さらに3連ではちょっと寂しいんじゃないかということで、実車には存在しなかった1300型特急車をもう1輌作ってしまいました。それが下の写真の1609です。

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 実は1600型は特急用に改装されたこともなかったし、車番も1601~1608まででした。そのためこの1609は実在しなかった車輌なんですね。でも4連で走らせても全く違和感はないし、たまにはこんなワルのりもいいんじゃないでしょうか……模型人にも息抜きが必要です(笑)

 

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京阪の模型」カテゴリの記事

コメント

ひと足早く京洛電軌さんの季節がやって来たようです。
1300系の特急運用は知らない世代ですが、4連でのくだり宇治急はよく乗りに行っていました。
深草で普通を追い越してから丹波橋で特急を待避するために全力で逃げるあたりが見せ場だったように思います。
ただ、ツリカケ音は1700系のほうが迫力がありましたね。

投稿: クハ55071 | 2019年5月25日 (土) 20時40分

クハ55071様;
 1300型の宇治急、何度か目にしたことはあったのですが写真は撮れずじまいでした。でも1700+1800の5連が時々朝の宇治急(宇治発三条行き)の運用に入っていて、こちらは撮影できました。
 それにしても真夏を思わせるようなこの陽気、模型製作より撮影に行きたくなりますね(笑)

投稿: 京洛電軌 | 2019年5月27日 (月) 21時03分

朝の上り宇治急懐かしいですね。1803Fが限定で入っていたように思います。なにしろメタメタに混んでいて、乗れないほどでした。これほど混んでいる通勤電車は最近では見られないほどですね。
当時は線路容量や車両数なども限界だったように思います。中間運転台の数が多いか少ないかが問題になるのも頷けます。編成によって充当する筋を決めていたように思えます。
見た感じ、例えば朝の下り急行は高性能車が停車駅の多い種別に優先されるので、600.700の出番でしたね。これですら中間運転台の無い700を最混雑急行に入れていたように思います。1900もこの組に入っていましたが、ラッシュのピークを過ぎた急行でした。片ドア、中間運転台の多さに加え、パワーがやや弱かったのでしょうか?ラッシュ時以外にも通しの急行にはほとんど入っていなかったと記憶しています。いずれも600V時代。

投稿: クハ55071 | 2019年5月31日 (金) 15時50分

クハ55071様;
 コメントありがとうございます。朝の600、700の急行運用にはそんな事情があったんですね。1900に関しては、特急時代から加速性能がよくなかったという話を聞いたことがあるのですが、これも何か関係があるのでしょうか? 格下げ後の1900は京都側では5連の普通運用がよく見られましたね。

投稿: 京洛電軌 | 2019年6月 1日 (土) 20時06分

たびたび失礼します。
600.700の使い方に関してはこの他にも興味がありました。
平日朝ラッシュ時の急行のほか、休日にはウマ急が定番でしたね。600は4連もあって宇治線などでも終日見られましたし、7連に関してもデータイムにも本線普通でコンスタントに見られました。
これに対して700はデータイムは萱島普通に入っていた以外は京都方ではほとんど見られませんでした。活躍期間も短く、走行シーンを見たことがない、と鉄コレ販売時に言っていた人もいました。

投稿: クハ55071 | 2019年6月 2日 (日) 23時12分

クハ55071様;
 700は昭和52年頃に1000型に改造されましたから、活動期間は6~7年ぐらいではなかったかと思います。京都側は7連の需要がほとんどなかったせいか、あまり馴染みのない形式でしたね。大阪側では区間急行や準急の運用に就いていたようですが、これもラッシュ時が多く、日中は2200や2400、5000でまかなわれていたようです。ウマ急も700は三条行より天満橋行の運用に就いていたように思います。

投稿: 京洛電軌 | 2019年6月 4日 (火) 22時52分

懐かしい話で、つい長居してしまいましたが、ウマ急に関しまして、見たままを。
やはり乗客数からウマ急は天満橋ゆきが主力でしたね。600.700が黄板を夕日に輝かせてツリカケの轟音を響かせて八幡のカーブを駆けてゆくのはゾクゾクしました。
三条ゆきには、おっしゃるように少なかったようです。本数以外に実は三条発の臨時特急増発の差し替えが絡んでいるようです。
三条駅のホーム容量の関係で、上り急行の2400を2番に入れて、折り返し下りの臨時特急に。鳩マークが付きます。一方、上りのウマ急には2200を入れて3番着、折り返しの下り定期急行に差し替えていました。
競馬のない祝日の臨時特急増発は?というと。
なんとウマ急の筋で枚方公園始発の2200の臨時急行で同様の差し替えをしましたね。この臨急板、短区間なら白地なんですが、通しの急行と同じ赤地なんで驚きました。
なお、日によってはそれぞれ回送で対応するなどいろいろでした。

投稿: クハ55071 | 2019年6月 5日 (水) 16時24分

クハ55071様;
 ウマ急の話題、懐かしいですね。枚方公園発の臨急を見たのは一度だけでしたが、どういう経緯で運転されたのか気になるところです。競馬のない休日の臨時特急は回送で三条まで来ていましたが、この時は1900型が多かったような印象があります。

投稿: 京洛電軌 | 2019年6月 5日 (水) 22時30分

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