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山城電気軌道の思い出

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 今日は超個人的思い出話を書いてみたいと思います。

 山城電気軌道__と言っても実在の軌道線ではありません。実はこれ、少年時代の私が経営(?)していた架空の電気軌道です。今はもう手許にありませんが、当時は路線図やオリジナルの車輌なんかも描いていました。路線は当時「もしも市電が郊外へも延長されていたら……」という思いがあったからか、京都市内だけでなく周辺の宇治市や向日市、長岡京市などへも拡げていたのを憶えています。さらには市電の路線の一部にも乗り入れ、さらに廃止後は譲渡されたという想定もしていました。

 当時描いていた路線はだいたいこんな感じでした。
  ①国道中山~上桂御正町~(五条通)~山科西野~国道大塚~追分~上関寺~大津駅~石山駅
  ②山科駅~東野~(外環状線=現在の地下鉄東西線のルート)~町並~木幡~黄檗~宇治~城陽
  ③上桂御正町~桂~向日市~長岡京市~大山崎
  ④源光庵~千本北大路~(市電千本大宮線;廃止前乗入、廃止後譲渡という想定)~九条大宮~久御山町~枚方市内~新香里
  ⑤五条京阪前~祇園新橋~知恩院前
 このうち③の向日市内と長岡京市内、④の九条大宮から先の具体的なルートは残念ながらはっきり憶えていません。ただどのルートもほとんどが併用軌道だったように思います。また⑤のルートは当時「狭い道を走る電車」への憧憬から考えたのでしょう。これらの路線は全て京都の地図を見て想定したので、実際にはとても電車の通れるような幅ではない道路だったこともありました。それからさらに延長計画線として、国道中山から当時建設中だった洛西ニュータウンへの路線も考えていました。

 車輌に関してはこれまた自分の趣味丸出しで(笑)、全車ツーマン車で運行していました。現在の京洛電気軌道1500型は当時描いていたオリジナル車輌を具現化したものです。その他今でも覚えているのは2200型で、京都市電2000型を左右対称の窓配置にしてやや大型化した2輌永久連結車で、当初から冷房を搭載していました。連結車にしたのは当時広島電鉄2000型の影響があったんでしょうね。ただ個人的に左右非対称の車体が好きでなかったので、わざわざドアを前後につけた車体を考えたわけです。さらに当時はまだ路面電車の冷房車はほとんどなかった(熊本市電に登場していたか?)ので、これでも最新型の路面電車だと一人で悦にいってました(笑)

 この山城電気軌道ですが、実は現在の模型鉄道の名称に使おうと当初考えていました。でも「もう少し京都らしい」名称のほうがいいんじゃないかという思いもあって、「京洛電気軌道」に変更したわけです。当時描いていた2200型もいつか京洛電軌の車輌として具現化してみたいですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
  

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