鉄道

京都市電の話

スクランブル出動!

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 先日昼からの出勤だったので、久しぶりにスクランブル出動(?)で朝ラッシュ時の大阪方面に行ってきました。今回の目的は大阪寄りでの5000型の5扉運用で、萱島と京橋で撮影しました。5000型の5扉運用はこれまでにも追いかけたことがあって、大阪方面にも何度か出かけたことがありましたが、今回は特に「京阪の朝ラッシュ時」を象徴するような写真が撮りたかったんですね。でもあまりに人が多くて、なかなかいい写真を撮影することができませんでした。

 帰りは古川橋や香里園、樟葉で撮影しましたが、この頃には朝のラッシュも終わり、5扉運用も持て余し気味な印象を受けました。でもこの日時刻表を見て気づいたのですが、現行ダイヤで平日の朝は5000型7編成が全て運用に就いているんですね(うち京都側に来るのは6編成)。それと全くの余談ですが、8000型もいつの間にか半数が新塗装化されたようですね。在来塗装の編成を見ることが最近少なくなったように思います。012

 それでは今日のおまけ写真――古川橋で撮影した「おりひめ」です。

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近鉄2250型4連完成しました

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 5月末から製作を進めてきた近鉄2250型ですが、本日モ2251とク3123の2輌が完成し、4連で急行運用(運行標識はついていませんが)に就役しました。編成は2251+3022+2247+3123、このうち2251にモーターが入っています。先日作った京阪1700型と同様、今回も車体はペーパーで製作しました。使用したのは工作用紙という方眼の入ったボール紙で、320×450mmサイズが5枚で105円でした。これ1枚で20m車6輌分ぐらいの車体が製作できるので超経済的ですね。余談ですがB4サイズのプラ板(1枚100円ぐらいです)だと京阪電車5輌分ぐらいの車体が作れます。もう何度もこのブログで言ってますが、自作すれば鉄道模型って実に金のかからない趣味ですね(笑)

 さて、今回使用したモーターですが、なんと30年以上も前(だと思う)に購入した関水のクモハ103のものなんですね。それはいいのですが試運転をしたらどうにか走ってくれたものの、何やらさびついたような(?)音が絶えずしていて、停車させたらモーターから焦げたようなにおいがしていました。車体はペーパー製だし、モーターは経済情勢が許せば新しいものに変えたほうがよさそうな気がします。

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京阪1700型4連完成しました

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 10月に入って爆発的に製作を開始した京阪1700型ですが、一昨日1757(Tc)が、昨日1787(M)が相次いで完成し、ここに4連にて普通運用に就きました。編成は1757+1787+1751+1701で、このうち1787にモーターが入っています。

 車体は今回全車オールペーパーで製作しました。最初はプラ板と違って強度の点で少々心配していましたが、いざ製作してみると全く問題なく、しかもプラ板より窓抜きがやりやすかったので製作ペースも速くなったと思います。今後はペーパーによる製作が増えていきそうな気運ですね。

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それでは今日のおまけ写真ですが……笑

 本日の試運転の際、先日紹介しました大糸線の旧型国電も走らせてみました。

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近鉄熱、再発の恐れも!?

004 毎度ご乗車ありがとうございます。

 先日、京都市内のBOOKOFFですごいもの(?)を見つけてしまいました。

 1冊は「とれいん」2009年1月号、もう1冊は「RM MODELS」2007年6月号で、いずれも近鉄の特集ですが、信じられないほどの低価格(「とれいん」300円、「RM…」200円)に思わず買ってしまいました(笑)

 最近の鉄道雑誌はほとんど買わない私ですが(ちなみに今年買ったのは鉄道ピクトリアルの京阪特集だけ)、先日買った2冊には私の好きな昔の車輌も豊富に出ていて、模型製作意欲を大いにそそられました。

 これにより、この春にかかった近鉄熱が再発する可能性が生じてきました(笑) 今のところ目立った症状は出ていませんが、現在製作中の京阪1700型、5000型を差し置いて中断していた近鉄2250型や2200型(新)の製作を再開したりしています。002 003これが完成したら特急時代の2250型か、820型あたりを作ってみたいですね。

 近鉄熱、予断を許さない状況です(笑)

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キットをいじる話・大糸線編

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 ちょうど先月の今頃「キットをいじる話」としてGMの旧型国電キットにちょこっと手を加えた作品をご笑覧いただきましたが、今日はその第2弾として、大糸線の車輌をご披露したいと思います。

 最初の写真はクモハ41800。パンタ部を低屋根化して側面後部ドア2枚を3枚ガラスに変更したほか、前面はクモハ51のパーツを使用しました。続いてクモハ43802。低屋根化した以外はほとんどクモハ43のキットを素組みしました。3枚目のサハ45005はトイレ部分の窓を一つつぶしただけですが、プラ板の埋め方が悪く窓ガラスの割れた箇所を板で応急的に貼りつけたような感じになってしまいました(笑) 4枚目のクハ55432は昔の「鉄道ファン」誌に出ていた写真を見て製作したもので、サボ受けが前面の向かって左側にあるのが特徴です。最後のサハ57402は『国鉄電車ガイドブック(旧性能電車編)』(誠文堂新光社刊)の写真を見て突発的に作りたくなった車輌で、クハ55とサハ48の側面を切り継いで製作しました。今回紹介しました車輌の中では最も手の込んだ改造でしたが、爆発的に夕食後の3時間ほどで仕上げた記憶があります。

 このほか写真はありませんが、大糸線の車輌としてはクモユニ81がありますが、こちらは塗色をスカイブルーにしただけで素組みしました。またこれは計画中なのですが、GMのクモハ11+クハ16のキットを利用してクモハ12001を製作してみたいと思っています。上手に切り継ぎ加工すれば、クモハ12001のほかにサハ17も作れると思うのですが、どうでしょうか……。

 ということで今日のおまけの写真です。製作中の京阪1700型と5000型、今日現在ここまで出来ています。001 002

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京阪1700型 1701+1751が完成しました

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 今月に入って爆発的に(笑)作りたくなった1700型ですが、このほど1701+1751の2輌が完成しました。もっともこの2輌だけでは運転できませんので、これに続く1787+1757の製作を目下これまた爆発的に(?)進めています。現在の進捗状況は5枚目の写真の通りで、バルサを削って屋根を製作し、屋上機器をつけたら上まわりはほぼ完成、追って塗装にかかるつもりです。早ければ今月中にも4輌出揃うのではないかと思います。ちなみにモーターは1787に入れる予定です。

 さて、今夏完成できなかった5000型ですが……。

 製作ペースは落ちていますが、決して中断したわけではありません(笑) 今回写真はありませんが、残る3輌も上まわりは塗装するところまで完成しています。1700型が完成したら引き続いて5000型も仕上げてしまおうと思っています。

 ところで、この1700型と5000型が完成したら、個人的に作りたかった京阪の形式は一応一通り出揃うことになります。気の早い話ではありますが、今後は各形式の2編成目を製作していきたいと思っています。1900型ももう一編成増備したいし、1300型もさらに製作して1960年代にあったらしい7連の再現……と、製作意欲だけはますます旺盛になってます(笑)

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なぜか、突然、1700です(笑)

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 10月に入ってなぜか急に京阪1700型を作りたくなり、爆発的に(?)2輌分の車体を製作しました。実はこの1700型、今年の1月に2輌製作したのですが、いずれも3ドアながら特急色にしてしまいました(実車には存在していました。また余談ですが1700型には2ドア一般色というのもあったようです)

 で、今回製作するのは3ドア一般色の4連で、車番は1701+1751+1787+1757になる予定です。現在製作したのは1701と1751で、続く1787と1757もすでにケガキ(?)を終え、いつでも窓抜きにかかれるようになっています。ちなみに今回は全車ペーパーで製作、ウィンドシルはプラ棒を使用しました。

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新線建設⑮ 道は遠し……

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 先週に引き続き、曲線部分の併用軌道を製作しました。前回レールの内側に接着したプラ板のすき間はいろいろ検討した結果、紙粘土で埋めることにしました。使用したのは100円ショップで見つけた「ふわっと軽いねんど(品名)」で、普通の紙粘土と違って手にべた付かず、またパテほど粘り気もないので以外に使いやすかったですね。

 今日は南東部のカーブを仕上げた後、試運転を行いました。が、結果ははっきり言って脱線や集電不良による急停車が多く、ちょっと悲惨なものがありました(泣) 東側のレールはフレキシブルを使用していますが、当初基盤にちゃんと固着したのが最近少しずれてきたりしているので、場合によってはこの部分の線路を敷き替える必要もありそうです。ともあれ、完成への道はまだまだ遠いようです。017 018

 最後に、余談ですが……。

 31年前の今日9月30日は京都市電が全廃になった日です。「市電があった頃の京都」の雰囲気を目指して、少しずつ建設を進めていこうと思っています。

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キットをいじる話

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 もう皆さんご承知の通り、私も一応「工作派」の端くれで、完成品を走らせるよりもコツコツと製作しているほうが楽しいモデラーです。ただ貧乏モデラー故に金属キットは高くてとても手が出ず、GMの旧型国電キットはそうした意味で非常にありがたい存在です。

 ただ根がへそ曲がりな(?)性格のせいか、このキットをそのまま組んでも面白くないんですよね。もっとも、大々的に切り継ぎ加工とかができるほどの腕はないので、大した改造はできませんが、それでも旧型国電の場合、いろいろとバリエーションができるんですよね。今日は旧作ではありますが、GMキットのちょっとした加工でできた旧型国電をご笑覧いただきたいと思います。

 まず最初の写真はクモハ14804。サハ48の説明図にあったクハ47への改造から思いつきました。側面はドアー間の窓を4コ減らして17mにして、前面と妻板はクモハユニ44のパーツを流用しました。2枚目のクハ47001は先のサハ48説明図にあった改造ガイドをそのまま組んでみました。続くサハ45005は側面の窓を一つ埋めて便所付きの姿(身延線時代)を再現しました。4枚目のクモハ43800は後部妻板にクモハユニ44のパーツを使用して身延線用に低屋根改造された姿にしました。最後はクモル23002。ベースになったのはクモニ13ですが、実車の写真を参考に手持ちのパーツを使ってでっち上げました(笑)

 キットをストレートに組むのもいいのですが、ちょっと手を加えることによって既製品にはない「自分だけの車輌」ができるのは「キットいじり」の醍醐味ですね。私の場合、実車の写真を見て作りたくなることが多いので、暇があれば昔の鉄道雑誌なんかを広げて次の製作車輌を探しています。

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新線建設⑭ 今度はマジ再開します!

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 ずーっと停滞していた新線建設、この秋からマジで再開することにしました!

 工事が凍結状態になった一番の要因は曲線区間の併用軌道の製作でした。もともと道路部分はプラ板で表現するつもりでしたが、曲線部分のプラ板をどうしてもうまく切り出せなかったんですね。それで打開策が見い出せないまま今日まで放置状態になってしまったわけですが、このほど新たな方法を思いついたので建設再開にふみ切りました。

 その方法とはレールの内側に1.5mmのプラ板を護輪軌条のように接着し、そのすき間をパテで埋めるというものです。プラ板のかわりに実物さながらレールを接着してもよかったのですが、9mmゲージではレール自体が大きいので見た目が却って不自然になるような気がしたのでやめました。

 そしてすき間をパテで埋めていくのですが、今日は試しに鉄道線との平面交差部分をやってみました。ところがこれが意外に難作業でした。単に私が不器用なだけかも知れませんが、パテがうまく塗れなかったんですよね。これは案外紙粘土なんかを使ったほうがうまくいくような気もしました。今日の作業はこれだけでしたが、近いうちに紙粘土を購入してパテとどちらがいいか比較してみたいと思います。

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京阪5000型、鋭意(?)製作中です

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 ついに夏の間に完成させることができなかった京阪5000型7連ですが、現在残る3輌を急ピッチで製作を進めています。現在McとM車の上まわりはほぼ完成し、Tc車の窓抜きを行っているところですが、こちらの車体が完成したら、3輌一気に塗装しようと考えています。早ければ今月末か、10月中には7輌編成で急行か準急運用に就役させたいですね。

 そして、次の計画ですが……。

 いろいろ作りたい車輌はあるのですが、新線建設をマジで再開させなければと思っています。なかなか思うようには進まないでしょうが、年内に道路部分だけでも何とかしたいと考えています。

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ぶらり、チャリ旅~消えゆく宇治線の5連を追う~

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 今月のダイヤ改正で宇治線から5連の定期運用がなくなるため、昨日チャリで宇治線の撮影に行ってきました。一応中書島~宇治間を往復したのですが、撮影ポイントは5輌編成がまるごと収まる場所を選びました。

 最初の写真は中書島を出たところですが、逆光のため少し暗い写真になってしまいました。続いて観月橋~桃山南口間で撮影。こちらは順光でうまく撮影できました。3枚目は宇治に入る手前の踏切にて撮影。そのあと引き返して黄檗~三室戸間の踏切で再度5連を狙いました。最後の写真は六地蔵に進入する5連です。

 今度の改正で5連は3編成になってしまいますが、来年の宇治川花火大会の時はどうなるのか、気の早い話ですが気になりますね。

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自由形軽便 モハ72完成

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 この夏の岡山の旅で何か軽便の車輌を作りたくなって、こんな車輛が本日完成いたしました。プロトタイプは下津井電鉄のモハ52ですが、ドア間の窓を一つ少なくした自由形です。車体はペーパー製で、屋根はバルサからの削り出しといういつもながらの製作方法です。一応プロトタイプはあるものの、軽便車輌に関しては特定車種にこだわらず自由な発想で製作したいと考えているので細部は自分の好みでまとめました。あと自身の経済状況も考慮して、なるべく低コストで製作するよう努めました。

 例えばヘッドライトですが、実はこれ、古いストローを細かく切ってプラ板にはり付けて表現してるんですね。またパンタグラフも、本来なら軽便用のでっかいのをつけたほうがカッコいいと思うのですが、模型店で見つけたHO用のをつけました。理由は簡単、安かった(確か800円ぐらいだったと思う)からです。この車輌最大の特徴である荷台は1.2mm厚のプラ板にノーマルフェンスA(1/144ジオラマ用)で表現しました。このノーマルフェンス、以前京都市電の救助網にも利用しましたが結構つかえますね。

 いつものことながら手抜きだらけの車輌ですが「軽便っぽさ」みたいなものは出ているんじゃないかと思っています。こんなことを言うと熱心な軽便マニアから怒られるかも知れませんが、軽便車輌に関してはプロトタイプに縛られず自由な発想で製作していきたいと思っています。ちなみに塗色は上半がGMのクリーム色1号、下半がぶどう色2号で、これを京洛電気軌道特殊狭軌線の標準色にしています。

 ところで、このモハ72ですが……。

 実はモーターが入っていません。このため、走行には去年作ったユーレイ君のお供が必要になります。しかもこのユーレイ君は同じく去年製作のキハ2のお供もせねばならず、せっかく完成したものの、出番は当分少なそうです。

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模型製作、ぼちぼち再開しています

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 夏も終わってしまいましたねえ(泣) 例年のことながらガックリと気落ちしている私ですが、どんなに惜しんでも過ぎ去った夏は帰ってこないんですよね。それならば気を取り直して……という程のものではありませんが、秋からはまた模型製作に力を入れていこうと思っています。

 今になって気づいたのですが、先月はなんと模型を1輌も完成させてないんですよね。これまで毎月何か車輌を完成させていたのに、この8月は製作のほうもあまり進みませんでした。別に嫌になった訳ではないのですが、ギラギラと輝く日差しを見てると、どうしても表に飛び出したくなるんですよね(笑) 余談ですが8月11日に京阪600型の試作車を発表しましたが、実はあれ、完成したのは7月なんですよね。旅の話が長くなってしまったために発表が遅れただけで、8月は模型に関しては何もない一ヶ月でした。

 そこで作りかけの模型はたくさんあるのですが、この夏の旅の影響で軽便電車の製作を始めました。プロトタイプ、というかイメージは下津井電鉄のモハ52で、側面の窓を1つ少なくしました。車体はペーパー製で、現在写真の通り上回りの塗装まで完了しています。このあと両端の荷台の製作にかかるのですが、動力をどうするか現在思案中です。ともあれ、9月からはまたどんどん模型を作っていきたいと思います。

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ぶらり、チャリ旅~夏の終わりの嵐電~

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 今日は午後から急に思い立ってチャリで嵐電の撮影に行ってきました。山ノ内~帷子ノ辻間を行ったり来たりしながらわずか1時間余りの撮影でしたが、観光客の姿もほとんどなく「市民の足としての嵐電」の姿を見られたような気がしました。2輌連結も迫力があって楽しいですが、単行運転の嵐電もいいもんですね。

 写真は1枚目から順に山ノ内~嵐電天神川間、嵐電天神川、太秦~帷子ノ辻間、山ノ内~嵐電天神川間、太秦にて撮影したものです。時間も短かったのであんまりたくさん撮影できませんでした。

 しかしながらいつも嵐電を見ると、路面電車の模型を製作したくなります。またチャリで走りながら昔ながらの家屋を見かけたりすると、新線建設への製作欲が沸々と湧き上がってきたりします(笑) 実は今月に入って、模型製作をあんまりやってないんですよね。毎月何らかの車輌を完成させてきましたが、今月はまだ1輌も完成していません。この11日に紹介した京阪600型も、実は完成したのは先月でした。でも今日の撮影行で、また模型製作への情熱がメラメラと燃えてきました(笑) 夏ももうすぐ終わりだし、ここらでまた模型製作に戻ろうと思っています。

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夏は京阪の季節です2009~5000型を追いかける5000型を追う!?~

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 日が暮れても続行するのが私の撮影行の特色です(笑) 今回はいつも仕事帰りに気になっていた「5000型を追いかける5000型」を淀屋橋から追跡しました。

 この5000型は18:34発の出町柳行き準急として淀屋橋を出発します。これを撮影後、18:40発の快速特急で私も淀屋橋を出発、京橋で快速急行に乗り換えて樟葉で再度この5000型を撮影しました。同列車はこのあと三条行き特急を待避して19:19樟葉を発車。私はこの5000型で淀まで行き、これを追いかける5000型回送を狙いました。回送車はすでに車庫の入り口に待機していて、準急発車後快速特急が通過してから入線、しばらく停車した後出発していきました。私は後続の普通に乗り、丹波橋で快速急行に乗り換えて出町柳へ先回りして準急の到着を撮影しました。そして同車が回送で引き上げていくのを三条で見送ってこの日の撮影は終了しました。本当はこの5000型が入庫するのを見届けたかったのですが、実は淀で途中下車した時に雨が降ってきたため、やむなく断念しました。

 ちなみに今回はまる1日費やしたとはいえ、撮影した数はさほど多くありませんでした。また例年訪れていた複々線区間では全く撮影しませんでした。すでに何度も撮影しているし、こんなことを言うと同業者から総スカンを食らいそうですが、複々線区間ってどこで撮っても同じようなアングルで面白くないんですよね。正直、何回か撮影していると飽きてしまいました。それよりも自分の足で自分なりの撮影スポットを見つけて「京阪電車のある風景」を撮影していきたいと思っています。

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夏は京阪の季節です2009~ついに完歩しました!~

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 去る13日、夏恒例(?)のフリーチケット利用による京阪の撮影に行ってきました。最初の目的は今や本線唯一の5連運用となったQ0606ZとQ0801Aの撮影でした。まず鳥羽街道でQ0606Zを撮影した後、折り返しのQ0801Aを新高瀬川あたりで狙おうと中書島へ行ったらなんと小雨がパラついてきました。そこで急遽予定を変更して淀へ。この9月でなくなる仮駅での風景を収めることにしました。

 そのあと深草へ戻って留置線に停車中の8000型を撮影し、再び中書島へ。この時には雨も上がって日差しも出てきたので、当初行こうと思っていた新高瀬川まで歩きました。5連車は撮影できませんでしたが、ここで2600型を撮影できたのはラッキーでした。

 午後からは特急と準急を乗り継いで香里園へ行き、撮影スポットを探しながら寝屋川市まで歩きました。今日掲載しました5000型の写真は全て香里園~寝屋川市間で撮影したものですが、実はこれをもちまして私は京阪本線の七条~萱島間を全て歩いたことになりました。もちろん一気に歩いたわけではなく、何回にも分散して歩いたのですが、知られざる撮影スポットをたくさん発見することができました。ちなみに七条~萱島以外の区間はいずれも地下線または高架線で、地上からの撮影ができないため歩いていません。

 ということで撮影は日が暮れてからも続きましたが、こちらは次回に紹介したいと思います。

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試作・京阪600型

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 2~3年前に京阪600型の7連を製作したのですが、先頭車がどうしてもうまく作れず、それまで製作していた旧型車輌の工法で可能な630型でまとめました。

 でもやっぱり600型の先頭車が欲しくて、その後もあれこれ製作方法を検討してきました。GMの小田急パーツを流用することも考えました。でも後に京阪の2000型や700型を製作してみて、これと同じ工法で600型も作れるのではないかと思ったんですね。

 そこでこのほど、その試作車輌が完成しました。車体は屋根を含め全てペーパー製で、先頭部は屋根を接着後、パテを塗ってヤスリで整形しました。ペーパー同士を削るので慎重を要する作業でしたが、私のモットーとする「パッと見の雰囲気」は出せていると自負しています。ヘッドライトは手持ちのパーツを流用しました。たぶんGMのキットに付属していたものだと思うのですが、はっきりとは憶えていません(笑)

 ともあれ、これでまた600型の編成が一つ増えることになりましたが、7連にしてウマ急や大阪よりの準急や区間急行を再現するか、4連で宇治線の普通にするか迷っています。いっそのこと長期計画で11輌製作して両方表現するという手もありますが……(笑)

005 最後に、おまけの写真です。

 昨日は宇治川の花火大会でしたね。昼間は土砂降りの雨でどうなるかと思いましたが……。今年は2600型と花火のコラボを撮影したかったのですが仕事が遅くなってできませんでした。そのかわり、というわけではありませんが、中書島で2600型と月のコラボを撮影してみました。思い切りブレてますが(笑)

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夏は京阪の季節です2009~今更ながら通勤快急「おりひめ」を狙う~

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 やっと梅雨が明けた昨日、夏恒例(?)の京阪の撮影に行ってきました。と言っても昨日は他に行くところがあったので、朝に「おりひめ」を狙っただけでしたが……。

 実は「おりひめ」が通勤快急になってから一度も見たことがありませんでした(笑) そこで昨日はどこで撮影するかいろいろ考えた末、枚方公園と香里園で狙うことにしました。枚方公園のホームの京都寄りで待つこと約20分、最初の「おりひめ」を撮影したあと続く通勤準急で香里園に移動、2本目を待ちました。その間、偶然にも2601Fによる中之島行き通勤準急が入って来たのはラッキーでした。そして2本目の「おりひめ」撮影後、これに飛び乗ってそのまま中之島まで行きました。

 ちょうど朝のラッシュで車内は満員でしたが、天満橋を過ぎると一転、回送かと思うほど閑散となりました。そしてちょっと気になったのが、渡辺橋に着いた時、なぜか車掌が「おりひめ」のヘッドマークをはずしたんですね。いくらなんでも気が早いように感じたのは私だけでしょうか? そして中之島に着くと、通勤準急で先着していた2601Fが回送として発車を待っていました。この回送と「おりひめ」折り返しの区間急行との並びを撮影して、この日の撮影は終了しました。例年やっているフリーチケットを使った撮影はまた近いうちに行きたいと思っています。

 最後に、おまけの写真です。

005 枚方公園で「おりひめ」を待っていると、奇しくも5000型の並びを撮影することができました。

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軽便鉄道を求めて⑥~旅の終わり~

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 昼食をとっている間に、幸い雨は上がりましたが、もはや青空が出ることはありませんでした。小田東から笠岡駅行きのバスに乗り、約10分で新山に到着。バスの時刻を確認してから、井笠鉄道記念館へ向かいました。

 鉄道記念館の場所は意外にすぐわかりました。保存車輌(1号機関車、ホハ1、ホワフ1)はいずれも屋根の下に展示されていましたが、それにしてはややくたびれた印象を受けました。でもその一方で、これが現役時代そのままの姿ではないかと思ったりもしました。他にも昔の乗車券など、資料も多数展示されていましたが、中でも私が一番興味を惹いたのはやっぱり模型でしたね(笑) 

 最初の予定ではこの鉄道記念館もレンタサイクルで訪れた後、井原鉄道~JR吉備線経由で岡山に出て高速バスで帰るつもりでした。でも雨のため計画を変更、バスで笠岡に戻って山陽本線で岡山へ行くことにしました。バスで再び笠岡に戻った私は、最後にもう一度ホジ9を見に行きました。そして16:59の快速で笠岡を出発、帰路につきました。2日目は天候に恵まれませんでしたが、それでも見ようと思っていた軽便の車輌を全て見られて満足のいく旅でした。185

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軽便鉄道を求めて⑤~井笠鉄道の保存車めぐり~

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 旅の二日目は前日と違ってどんよりと曇り、今にも雨が降りそうな空模様でした。予定ではバスで井原か矢掛へ行き、レンタサイクルで井笠鉄道の保存車をまわるつもりでしたが、実際自転車に乗れるのか微妙な状態でした。

 それでも8時をまわると日が射してきたので、とりあえずはバスで小田(井原と矢掛の中間)まで行ってみることにしました。途中、また曇ってきたので不安でしたが、それでも小田に着いたらまた晴れてきたので、予定通りサイクリングを決行することにしました。

 最初に訪れたのは七日市公園の9号機関車。井原鉄道の線路に沿って走ること30分、井原駅からさほど遠くない所に同機関車はありました。ナローとはいえ、近くで見るとなかなか大きく、どっしりとして迫力がありましたね。形態的にも好ましく、模型にほしくなってしまいました(笑) 外国型Cタンクの下まわりを流用して作れないものでしょうか?

 続いてこの日のハイライト(?)経ヶ丸グリーンパークのホジ101とホハ8を見に行きました。井原駅から約5km、途中道案内もあったので迷うことはなかったのですが、なんと目的地は山の頂上だったんですね。つまり自転車で山登りをしなければならなかったわけで、おまけにいつ雨が降るかわからない状況で、肉体的にも精神的にもきついものがありました。でもそれだけに保存車輌と対面できた時は感激でしたね。2輌とも車内に入ることができたし、状態も良好だったし、しんどい思いをして行った甲斐はありました。しかしながらこの車輌をこの山の上まで運んで来るのはかなり大変だったでしょうね。

 往きは40分以上かかった山道を、帰りはほとんど惰力のみでわずか13分で走りました(笑) 途中、自販機のジュースで小休止して、七日市公園の9号機関車を再度見てから小田に戻りました。そして今度は新山にある井笠鉄道記念館を目指すつもりだったのですが、小田駅の近くまで来た時、ついに雨が降ってきました。残念でしたがこれ以上のサイクリングは不可能と判断、レンタサイクルを返却して、鉄道記念館へはバスで行くことにしました。

 小田駅に戻ったのは12:30、自転車を返却し、バスの時刻を確認してから近くのスーパーで昼食にしました。このあと鉄道記念館については次回にまわしたいと思います。

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軽便鉄道を求めて④~笠岡でホジ9を見る~

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 旅の夜は笠岡に泊まったのですが、児島からはJRを乗り継がず、倉敷まで下電バスに乗りました。実はバスで倉敷まで行ったほうが交通費が安くなったのが一番の理由でしたが、児島から一時間ちょっとの路線バスの旅はなかなかいいもんでしたね(笑)

 そして笠岡に着いたのは18:36、まだ明るかったので宿に行く前に井笠鉄道のホジ9を見に行ってきました。駅の西側の高架橋の下に保存されているのですが、最近修復されたようで保存状態は良好でした。また車内にも立ち入り自由で、窓ガラスは全てなかったものの荒れてはいませんでした。ただ塗色が現役時代とは違うようなのですが、軽便鉄道の車輌としては保存状態は非常に好ましく思いました。このような荷台付きのディーゼルカー、ぜひ模型で作りたくなりましたね。

 この夜は笠岡に泊まり、次の日は井笠鉄道の保存車を見に行ったのですが、それは次回にまわしたいと思います。はっきり言って、旅の二日目は厳しいものがありました(笑)

 最後におまけの写真ですが……。

 児島から倉敷に向かうバスの中から撮影した風景です。どのへんを走っていたのかさっぱりわかりませんが(笑)路線バスの旅、よかったです。 094

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軽便鉄道を求めて③~続・下津井電鉄の廃線跡を歩く~

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 下津井電鉄廃線跡の旅はまだまだ続きます。琴海を出ると左にカーブして海に別れを告げ、JR本四備讃線の下をくぐると次第に民家が多くなってきました。また遊歩道も途中からアスファルトの舗装道路でなくなりました。次の阿津には15:13に到着。ホームはそのまま残り、レールだけが撤去されているだけでかつてここに鉄道が走っていたことを容易に想像できる佇まいでした。ここから先はもう完全な「街の中」で、正直言って廃線跡を歩いているという気分は薄れてきました。続く備前赤崎はホーム跡が雑草におおわれ、駅名標がなかったら気付きにくい場所でした。またこのあたり、広い道路との交差部では遊歩道が分断されている所もありました。

 廃線跡はこのまま児島駅まで続いているのですが「風の道」としては児島の手前で金網に閉ざされて終わっていました。こうして児島に到着したのは15:58、下津井を出てから2時間18分後のことでした。6.3kmの行程は大したアップダウンもなく、想像していたより楽に歩けました。ただ炎天下を歩き続けたので顔と腕を思い切り日焼けしましたけどね(笑) 今ふり返れば、児島から下津井に向って歩き、帰りのバスを待つ間に下津井の町を散策してもよかったかな、とも思っています。でもやっぱり、レンタサイクルがあったら最高でしたね。

 このあとは井笠鉄道の保存車輌を見るため笠岡へ向かったのですが、それは次回にお話ししたいと思います。

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軽便鉄道を求めて②~下津井電鉄の廃線跡を歩く~

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 下津井駅構内はまさに「廃線跡」そのものでしたが、1枚目の写真の道路橋の先は遊歩道として整備されていました。でもひとつ先の東下津井までは道幅も狭く、山道を歩いているような感じでした。この下津井~東下津井間は下津井電鉄の中でも最も駅間距離の長い所(2㎞)で、歩くのに30分を要しました。

 3枚目の写真は東下津井駅跡ですが、この先どの駅もホーム跡がそのまま残り、駅名標が新たに設置されていました。廃線跡はここから舗装道路になり、道幅も車1台が通れるぐらいに広くなってました(でも車、バイクは通行禁止ですが) また大したアップダウンもなく、快調に歩き続けて14:22、鷲羽山駅に到着しました。

 鷲羽山駅はホーム跡に新しく公衆便所が建設されていましたが、なぜか使用禁止になっていました。このあたり線路はありませんがホーム跡に立っていると今にも電車が来そうな錯覚に陥りましたね。それから次の琴海行く途中に瀬戸中央自動車道の下をくぐるのですが、この中が風があってもうめちゃくちゃ涼しかったんですね。思わず足を止めてしばらく涼んでしまいました(笑) 

 最後の写真は琴海駅跡です。14:41に到着しました。海の眺めが最高で、ここでもしばしの休憩をとりましたが、近くにあるボートレース場のボートの音がうるさかったのが玉にキズでした。ここまで約1時間、コースの約半分を踏破したのですが、続きはまた次回にお話ししたいと思います。 

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軽便鉄道を求めて①~2009年夏の旅~

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 なぜか突然軽便鉄道が恋しくなって、一泊二日で岡山へ行ってきました。目的はもちろん下津井電鉄と井笠鉄道の廃線跡と保存車です。朝の高速バスで京都を出発、岡山でマリンライナーに乗り換えて11時過ぎに児島に到着しました。

 児島に着くと、すぐに下津井電鉄の児島駅跡へ行ったのですが、ここでちょっと考えてしまいました。というのも下津井へのバスが1日8本と、すごく少ないんですね。そのため児島から廃線跡を歩いたら、ひょっとすると下津井で帰りの。バスを長時間待つことになりかねないんですね。幸い12:36に下津井行きのバスがあったので、これで下津井へ行って歩いて児島に引き返すことにしました。

 児島に着いたのは13:00前。バスを降りると、瀬戸大橋を望む海からの風が心地よくて、しばしその場に佇んでしまいました(笑)

 さて、下津井駅ですが、ホームの跡は残っていましたが、駅舎は取り壊されて跡形もなくなっていました。そして保存車輌ですが、定期的に手入れはされているようなものの、柵に囲まれて近づくことができませんでした。ただホーム跡は立ち入り自由で、そこから児島に向っては「風の道」と名付けられ、遊歩道としてすっかり整備されていました。

 そして13:40、児島へ向かっての第一歩を踏み出しました。廃線跡の状況については次回にレポートしたいと思います。

 

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クモハ51802を作りました

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 3年ぐらい前でしたか、GMの旧型国電キットをいじくりまわす(→よく言えば「改造」「加工」です 笑)のにハマったことがありました。昔の鉄道雑誌などでちょっと興味をそそられる車輌を見つけては全くの行き当たりばったりで製作していたのですが、先日引出しの奥からその頃購入して手つかずになっていたクモハ51のキットが2輌分出てきました。

 久しぶりにちょっと作ってみたくなったのですが、そのまま組んだのでは面白くない。そこで『旧型国電50年Ⅱ』でネタを探し、身延線用に低屋根改造されたクモハ51802として製作することにしました。

 改造のハイライトはやはり低屋根の部分ですが、同じGMの103型中間車のキットについていたパーツを流用しました。はっきり言って屋根のカーブなどぴったり合わなかったのですが、そこはパテで強引に整形してごまかしました(笑)

 特別大がかりな改造ではありませんが、既製品にはない車種を増備するのは結構面白いです。以前製作した車輌もまた折を見て紹介していきたいと思います。最後におまけの写真ですが、ウマ急の季節を目指して製作中の車輌です。

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祇園祭です! (京都市電の話)

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 京都は今、祇園祭の真っ最中です。毎年この時期になると思います。

 新線建設を急がねば……。

 もともと新レイアウトでは祇園祭のシーンを再現するつもりで、ミニ鉾なんかも用意しているのですが、依然停滞したままの状態です。構想から約10年になりますが、一体いつになれば完成するのか……。

 愚痴はこれくらいにして(笑) 今日は祇園祭ということで、祭に関する京都市電の話をしてみたいと思います。

 7月17日の山鉾巡行の時、鉾の通行の妨げになるため市電の架線を一時的に撤去していました。また鉾が通る四条河原町~四条西洞院間と河原町二条~四条河原町間は巡行の間市電の運転を休止していたのですが、烏丸線に関しては四条通と御池通の交差点のみ架線を撤去して、市電は通常通り運行されていました。

 で、架線のない交差点を通過する時ですが、これがなんと惰力で走りぬけていたらしいんですよね。架線のある所でノッチを入れ、架線が切れるとビューゲル(又はZパンタ)を降ろしてそのまま勢いで向こう側まで走ってたそうです。それで、ごくまれに惰力が足りず、交差点を渡りきる前に停まってしまうこともあったようです。そんな時はどうしたか? 警戒中の警察官や交通局の職員、さらには祇園祭の関係者らがなんと総出で電車を押していたんですね。実際私はその光景を見たことがないのですが、人力で電車を動かせたのか、ちょっと不思議な気もしますね。

 ということで今日の写真は小レイアウトでの祇園祭です。

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京阪5000型、ひとまず4連で試運転しました

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 かねてから製作を進めてきた京阪5000型ですが、このほどM車の5202が完成し、5602+5202+5152+5552の4連で試運転を行いました。M車の動力ユニットは鉄コレ用の18m級を使用しました。一応4連でも運用に就けるのですが、やっぱり5000型は7連のほうがサマになるので、現在残る3輌を急ピッチで製作しています。

 余談ですが5000型の試運転にあわせて旧作の1900型と1800型も祇園祭に向けて(?)走らせてみました。ちなみに今年の宵山は臨時特急が出ないようですね。何か臨時列車も年々少なくなっているようで、少し寂しい気もしますね。

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夏は京阪の季節です2009~宇治線で七夕伝説を~

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 夏の最初の行事、七夕も終わりましたね。今年も京阪交野線では七夕伝説のヘッドマークが付けられましたが、10000型だけでなく「おりひめ」ひこぼし」に充当される5輌編成の2600型にもつけられていたようです。ということは、これらの編成が宇治線にも入ることがあるのではないか……勝手に想像した私はこの一週間、連日カメラ片手に宇治線の5輌運用に注目していました。

 ところがその期待も空しく、宇治線の5輌編成に七夕伝説のヘッドマークは見られませんでした(泣) 今年の七夕電車はいずれも10000型だったので個人的にはあんまり気のりしなかったのですが、それでも仕事の帰りにちょっとだけのぞいてきました。1900型の時に比べて、若干人出が少なくなっていたような気がしたのですが、実際はどうだったのでしょうか? それから今年は七夕伝説のKカードは発売されたのでしょうか? 実は私市に行った一番の目的はこのKカードだったのですが、着いたのが遅かったせいか模擬店には見あたりませんでした。

 というわけで今日の写真は七夕伝説の期間中に宇治線の各所で撮影した2600型です。

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ぶらり、チャリ旅~澱川の向こうへ~

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 さて、今日もまたチャリで近鉄の撮影に行ってきました。今日は前回突然の雨で断念した澱川の対岸、向島近辺で撮影しました。

 最初の写真は澱川鉄橋を渡る8000型です。実は今日初めて気づいたのですが、トラス橋のすき間からなんと桃山城が見えるんですね。かなりわかりにくいですが一応鉄橋、列車、桃山城を全て写し込んでいます。続いて澱川南岸での近鉄特急。そして3枚目。巨椋池干拓地から撮影したのですが、あまりに広大すぎて列車がどこにあるのかわかりませんね(笑) しかもはるか遠方にはあの澱川鉄橋が見えているんです。これを1枚に収めたかったのですが……失敗でした(泣)

 巨椋池干拓地は以前から狙っていたスポットで、広大な田園地帯を走る姿を収めたかったのですが、なかなか思うようにはいかないものです。4枚目の写真も列車が遠すぎてよく見えないですよね。5枚目と6枚目は向島駅北側の踏切から撮影したものです。考えてみれば今日の写真でまともなのはこの2枚だけだったりして(笑) 次回はさらに南下して小倉から大久保あたりまで行ってみたいと思っています。でも私の家からチャリで行けるのはこのあたりが限界ではないかと思ったりもしています。

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夏が来た!

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 今日から7月、いよいよ夏ですね! 7月の京都といえば、やっぱり祇園祭。私より上の世代の鉄道ファンの方なら、この時期鉾の横をかすめて走る市電の姿を思い出されるのではないでしょうか。私も幼少の頃、市電の窓から鉾を眺めた世代ですが、毎年祇園祭の頃になると、当時の情景を模型で再現したくなるんですよね。

 そんなわけで新線完成の暁には自宅で祇園祭をしようとミニ鉾まで購入してあるのですが、肝心の建設作業はもう泣けてくるほど進んでいません。「来年こそは祇園祭を!」と何度思ったことか(泣) まあ正直、製作中にいろんな部分で迷いが出てきたことはあって、それが作業の停滞につながっていることもあるのですが、それにしても一体いつになったら陽の目を見るのか、焦りのようなものも感じています。

 何だか今日は愚痴っぽくなってしまいましたが、夏は私の一番好きな季節。模型製作もさることながら、どこか遠くへ撮影の旅に出たいですね。

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近鉄サ3022が出来ました

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 今月初めに完成した2247に引き続き、中間車のサ3022がこのほど完成いたしました。今回も車体はペーパー製ですが、ここ何回かペーパー車体を作ってみて、作りようによってはペーパーでもプラ板と変わらない強度が得られることがわかってきました。はっきり言って窓抜きなんかはペーパーのほうが楽ですし、今後はペーパー車輌が増えていくかも知れませんね。009

 そして現在、やはりペーパーで2250型先頭車を製作中です。これが完成したら、昔製作した2250型動力車と合わせて4連で急行運用に就く予定です。

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ぶらり、チャリ旅~洛南・近鉄のある風景~

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 先日、自転車で近鉄の撮影に行ってきました。自転車ならではの小回りの良さ(?)をフル活用して、普段なかなか訪れることのできないポイントで「走り」の写真を撮影してきました。

 今回のチャリ旅の出発点はもちろん京都駅。八条通を渡る特急車を狙いました。ここで新幹線とのコラボを狙うことも考えましたが、0系なき今はパスしました(笑) そのあと上鳥羽口~竹田間の鉄橋でやはり近鉄特急を撮影。意外に思われるかも知れませんが、この鉄橋の下を流れるのは鴨川です。続いて竹田の南、伏見へ向かう高架線の上り口で8000型を撮影しました。そして竹田街道を横切って伏見市街に入り、伏見~丹波橋間で疏水を渡る列車を撮影。さらに線路伝いにチャリを走らせ、丹波橋~桃山御陵前間で撮影した後ついに宇治川に出ました。近鉄と宇治川といえばやっぱりあの大鉄橋ですね。実は今回初めてあの大鉄橋を間近で見たのですが、迫力ありましたね。

 このあと向島から巨椋池干拓地へ行こうと思っていたのですが、実は伏見に入った頃から雲行きが怪しくなってきたんですね。しかも宇治川に出た時にはもうかなり危ない状態でした。このため撮影は大鉄橋で中止、そのまま引き返したのですが、観月橋を渡った直後についに雨が降ってきました。そしてどうにか大手筋の商店街までたどり着いた時にはもう土砂降りで、もうどうにもならない状態でした(笑)

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京阪5552が完成

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 一向に衰える気配のない近鉄熱と戦いながら(?)も、本日京阪5552が完成いたしました。これで5000型は3輌になりましたが、動力車がまだ完成していないので運用には就けません。

 5000型の製作で一番厄介だったのはスカートでした。ダミーカプラーはつけず、あくまでアーノルトを活かして連結可能にすることにこだわったため、市販のパーツはどれも使えそうにありませんでした。それでも最初はBトレのパーツを使うつもりでしたが(実際、先に製作した5602はBトレのを使っています)製作中に全て破損してしまい、自作せざるを得なくなりました。

 幸い昔のTMSに掲載されていた5000型製作記にHOサイズのスカートの展開図がありましたので、これを1/150に縮小してペーパーで製作しました。でも実用面(=連結可能)を重視したためスカートが奥にひっこみ過ぎて実に不格好なものになってしまいました。スカートに関してはまだまだ再考の必要がありそうです。

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京阪5000型、コツコツと製作しています(笑)

009 毎度ご乗車ありがとうございます。

 近鉄熱は未だ醒める兆しがありませんが、今年の公約(?)の京阪5000型も決して放置しているわけではありません。先日は5552(Tc)と5252(M)の車体を塗装しました。このあと下まわりの製作にかかるのですが、この2輌が完成したら、ひとまず4連で運用に就くことができます。すでに台車や動力ユニット、パンタグラフなど必要なパーツは購入済みなので、現在は暇待ちの状態です。

 取り急ぎ中間報告まで。

 今日は写真が少なくてすみません(笑)

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ぶらり、チャリ旅~竹田街道に伏見線の面影を探す~

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 先日、自転車で市電伏見線の跡を走ってきました。京都市電伏見線――実はこの竹田街道に市電が走っていたのを私は見たことがありません。そのため、当時の街の状況などは写真でしか知りませんが、今でも何か市電があった頃を思い出させるようなものが残っていないか探しながら走ってきました。

 そして見つけたのが最初の写真です。これは住吉バス停付近にある材木会社ですが、市電健在の頃は正面の道路は信号のある交差点までで、その先は市電の専用軌道になっていました。そのため、この材木会社の入口は現在でも狭いほうの道に面しています。

 2枚目の写真は濠川にかかる聚楽橋です。ここは元市電の専用軌道だったのを道路にした所ですが、竣工年月は昭和45年3月と、まさに伏見線廃止の月でした。市電はこの橋を渡ると、専用軌道のまま左にカーブして再び道路上を走っていたのですが、そのカーブ区間の現在の写真が3枚目です。ここでふと思ったのですが、カーブの内側にある平屋の家(写真右側の家です)、見たところかなり古く、伏見線健在の頃から存在していたと考えられます。でもそうだとすると、この数軒の家はいずれも専用軌道の前にあったのでしょうか? まさかそんなことはないと思うのですが、当時をご存知の方がいらっしゃいましたらご教示願いたいと思います。

 伏見線が廃止されて40年近くになりますが、わずかながらでも市電のあった頃の面影を見つけることができたのは今回のチャリ旅の収穫でしたね。次は稲荷線の路線跡をたどってみたいと思っています。

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近鉄熱、長期化の恐れも!?

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 京阪5000型に新線建設と、先に作らねばならないものはいろいろあるのですが……。

 このところ、作りたくなるのは近鉄の車輌ばかり(笑) 先日2200型の4連を完成させましたが、引き続きモ2247がこのほど完成いたしました。

 前作の2200型はプラ板から作りましたが、今回の2247はペーパーで製作してみました。使用したのは工作用紙という5mm方眼の入ったボール紙(小学校の図工の時間に使った人も多いのでは?)で、320mm×450mmサイズが5枚入りでなんと105円でした。地元の100円ショップで購入したのですが、これだけあればかなりの数の車輌が製作できると内心喜んでおります(笑)

 ボール紙の車体に屋根はバルサ材から削り出し、張上げ屋根を表現するため接着後、すき間をパテで埋めました。ヘッドライトはパーツがありませんでしたので使用済の割り箸を手動式の鉛筆削りでまるく削って表現しました。ベンチレーターは模型店で購入した半円形のプラ棒で、パンタグラフは手持ちのPS16Aタイプ(KATO製)を使用しました。

 もうお気づきの方も多いと思いますが、下まわりし関しては私は非常に手抜きです(笑) 今回も床下機器に関しては手持ちのパーツを適当に組み合わせてそれらしく見せかけてます。台車も市販品がありませんので、安易にTR48(GM製)をはかせています。精密なモデルを製作されてる諸兄からは袋叩きにされそうですが(笑)、いろんな部分にこだわりすぎたらそれこそきりがないと思うんですよね。そんなわけで私自身は自分のできる範囲内でいいものを作っていきたいと思っています。

 話が脱線してしまいましたが(笑)、現在この2247に続くサ3020型をやはりペーパーで製作中です。実は2250型は20年ぐらい前(だったと思う)に製作した車輌(モーター付)があるのですが、これをリニューアルして4連でまとめたいと考えています。

 先月末からの近鉄熱、このままでは長期化する恐れも出てきました(笑)

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近鉄2200型、4連で急行運用に就きました

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 本日サ3000型が完成し、近鉄2200型が2ドア車と3ドア車の混成ながら4連で運転できるようになりました。「急行 上本町」の運行標識をつけて早速試運転しましたが、調子よく走ってくれました。そして前作の2610型とも共演。こちらの運行標識は「快速急行 宇治山田」になっています。015 010        

 これで近鉄勢は急行編成が2本になったのですが、さらにもう1本、2250型も製作を進めています。こちらも4連でまとめる予定ですが、十数年前に製作した2251(動力付)も編成の一員にしようと思っています。ただかなり昔の作品なので、そのまま使えるか疑問ではありますが……。また同時に2200型(新)とサ3000型による特急編成も製作中です。

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近鉄モ2200型3ドア車が完成しました

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 先月末に突如発症した近鉄熱(?)は未だ冷めることなく本日モ2200型の3ドア車を完成させました。またこれに続くサ3000型も上まわりはほぼ完成し、後は下まわりを残すのみとなりました。この2輌は去年製作した2ドアの2200型と組んで、以前製作した2610型に続く2本目の急行編成になる予定です。045 046

 

 さらに数日前から、ペーパーで2250型の製作にも取りかかっています。こちらも4輌編成でまとめる予定ですが、同時にモ2200型(新)の製作まで始めてしまいました(!) 実は去年、2ドアの2200型を製作した時、同時にサ3000型(2ドア)の車体も製作していました。ところが途中で知ったのですが、どうも2ドアの3000型のマルーン色は存在しなかったようなんですね。それで上まわりだけ作って放置状態になっているのですが、これに2200型(新)を加えて特急用の編成にしようと考えました。一応3000型の両側は2200型(新)の予定ですが、片方を2303(レクリエーションカー)にするのもいいかなって思ってます。

 そして、これはまだ計画中(というか製作希望)なのですが……。

 昔作った2610型の全面パーツが余っているので、これを利用して820型を製作したいと思っています。2輌編成で三条~奈良間の準急に就役、京阪500型あたりと共演させたいですね。またGMの近鉄キットを使って900型が作れないか思案しています。

 近鉄熱、まだまだ長引きそうです(笑)

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ぶらり、チャリ旅~京都市電の保存車今昔~

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 京都の街から市電がなくなって30年、全廃当初は各地にあった保存車輌もいつの間にかかなり少なくなってしまいました。そこで今日は自転車で今なお残る保存車輌の現状を見に行ってきました。

 まず訪れたのが京都コンピューター学院(左京区浄土寺馬場町)の2603と1801。何年か前に見た時は塗装の一部がはげ落ちたりして心配だったのですが、今では見事に手入れされていて嬉しいかぎりでした。また2603は現存唯一の2600型なので、末永く大切にしていただきたいものです。市電全廃時に多くの車輌が公園などに引き取られて行きましたが、実はそのほとんどが児童館とか、建物としての利用が目的だったんですね。でもこの京都コンピューター学院の2輌は当初から保存が目的で、その意味でも貴重な存在だと思います。

 続いて訪ねたのが塚本児童公園(左京区一乗寺塚本町)の720。こちらは集会場として使用されていますが、窓は全てアルミサッシ、ドアもアルミ製に替えられていました。台車やZパンタ、救助網はそのままですが、ヘッドライトや方向幕は全て埋められていました。また塗装も塗り替えられ、一応グリーンとクリームのツートンですが現役時代とはちょっと違う緑になっています。(個人的想像ですが、ひょっとして登場時の700型ってこんな感じの緑だったのでしょうか?) 余談ですがここでは愛用のチャリも入れて撮影してみました。014 015 016

 今日訪問したのはこの3輌でしたが、ここでこれら3輌の30年前の姿を紹介したいと思います。(画像が不鮮明な点はご容赦下さい)

 まずは1978年に撮影した2603。まだ隣に1801の姿はありませんでした。そして同じく1978年撮影の720は、窓まわりを防護ネットでおおわれているとは言え、まだ完全な「市電」の姿でした。そして現在、2603の隣で保存されている1801はと言いますと、実は市電全廃後の一時期、洛北高校前交差点を少し下った所にあった空き地に保管されていたんですね。これが本日最後の写真ですが、1979年2月25日に撮影したものです。

 チャリで追いかけた京都市電の保存車、また機会があれば現状を見に行きたいと思っています。

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なぜか、突然、近鉄です(笑)

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 京阪700型もどうにか完成し、夏を目指して5000型の製作に専念しよう……と思っていたのですが、なぜか急に近鉄を作りたくなってしまいました(笑)

 そうなると居ても立ってもいられず(?)モ2200型とサ3000型の窓抜きを始めてしまいました。今回は去年製作した2200型2連の増結用で、4連で先に完成している2610型と共に宇治山田行き急行に就役させる予定です。

 そして近鉄熱(?)はまだ醒めず、2250型の車体まで作り始めてしまいました!

 果たして夏までに5000型は完成するのでしょうか? 或いはこの近鉄の車輌もちゃんと完成するのでしょうか? 正直なところ、作っている本人にもさっぱりわかりません(笑)

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京阪700型7連完成しました!

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 さて、今年の製作目標(?)にしていた京阪の急行編成の第1陣として、このほど700型の7連が完成しました。特定ナンバーにこだわったわけではありませんが編成は京都側から707+761+795+787+788+758+708、このうち788にモーターが入っています。今回は動力車の788以外、車体は全てペーパーで製作しました。去年の1900型以来、ちょこちょこペーパーで製作していますが現在のところ強度の面でも特に問題はなく、今回完成した700型も急行マークをつけて快走しています。009 010 014

 700型完成を記念して、というわけではありませんが、久しぶりに運転会をやってみました。この次は600型によるウマ急なんかもやりたいですね。でもその前に5000型を完成させないと…笑

 さらには近鉄や旧型国電、旧型客車も走らせました。へなちょこな模型ですが、やっぱり自分の手で作った車輌が走っているのを眺めるのはいいもんですね。017 016 023 021

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時には廃車も……

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毎度ご乗車ありがとうございます。

「TOMIX」が「トミーナインスケール」だった頃、Cタイプ入換用ディーゼル機関車というのがあったのを憶えてらっしゃる方も多いと思います。自由形ですが、日本型の小型車輌が少なかった(というかほとんどなかった)当時は貴重な存在でもありました。

 実は最近、このCタイプの下まわりを流用して軽便用のディーゼル機関車を製作しようと思い、久しぶりに走らせてみました。ところがわずか数センチ走っただけでなんとモーターから火を噴いて止まってしまたんですね。幸い大事には至りませんでしたが、モーターは焦げくさく、もはや使用不可能と判断しました。

 いろいろと製作を続けていますが、その一方でごくまれではありますが廃車も出ています。今年に入ってからも昔GMのキットを組み立てたスハニ61をリニューアル中、誤って車体側面を破損してしまい、2月11日付で廃車としました。また去年の秋には塗料の関係で車体が変形した京阪1900型2輌を廃車、代替新造しています。さらに昔製作した車輌の中にも、モーター供出などの理由で廃車になったものがいくつかあります。

 ただ廃車になっても台車や床板など、再利用可能な部品はできる限り残して、次の製作に利用するようにしています。ぶっちゃけた話、資金難が深刻な問題ですので……。

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京阪700型中間車、3輌一挙完成

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 さて、この夏に向かって京阪5000型と700型の編成を同時進行で製作してきましたが、やっぱり2編成の製作を同時に進めていくとどっちつかずの状態になってしまうんですよね。そこで5月になってから一旦5000型の製作を休止して、700型の製作に集中することにしました。そこでこのほど、中間車3輌が完成いたしました。

 車番は3枚目から順に788、787、761。特定ナンバーにこだわったわけではありませんが、このうち788が動力車になっています。車体は788のみプラ板、あとの2輌はペーパー製です。屋根は全てハガキ程度の厚さのペーパー製で、ベンチレーターはGMの角型、パンタグラフはKATOのPS16Aを流用しました。またモーターは鉄コレの18m級を使用しました。またT車の台車は全てGMのTR11です。

 これで700型も5輌完成し、一応編成が組めるようになりましたが、やっぱり700型は7連ですよね。あと中間車2輌、只今鋭意製作中です。今月末か来月初めには7連で急行運用に就かせたいですね。

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やっぱりアーノルトが一番です

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 先日のブログでもお話しました富山地方鉄道デ5010型のカプラーですが、いろいろ考えた末、マイクロエース製のマイクロカプラーが形態的にも値段的にも良さそうだったので1セット購入して先に完成したデ5032に取り付けてみました。

 ところが私の扱い方がまずかったのかも知れませんが、連結がどうしてもうまくいかないんですね。それにカプラー自体も小さくて、下手に扱うとすぐ壊れそうで正直私には不向きに思いました。022 020

 そこで試しに鉄コレの12m級動力ユニットをつけてみたところ、これが何とピッタリ収まった上に運転場の急カーブも問題なく通過したんですね。しかもカプラーはアーノルトがそのまま使用できました。これは私にとっては最高にラッキーでしたね。いろいろ悩みましたが、結局カプラーはアーノルトを採用することにしました。そして本日、ついに4輌全てが完成しました。当初の計画では2輌を動力車にするつもりでしたが、先に完成したデ5032はT化しました。トレーラーの床板はGM京阪大津線の物を切りつめて使用、台車はGMのブリルをはいています。012 015 017

 小型車輌とはいえ、4連ともなるとなかなか壮観ですねえ(笑) ただ一つ残念だったのは、4連で市電用運転場の急カーブはかなりキツかったようです。2連までなら何とか通過するのですが、4連では後部車輌の脱線がちょくちょく見られました。しかしながら新線開通の暁には(いつになるかわかりませんが…汗)主力車輌の一員として活躍してくれることでしょう。

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古本市と昔の写真と模型と……

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 今日は朝からいろいろまわって来ました。まずは鳥羽街道と伏見稲荷で軽く京阪の撮影。「わかばEXPRESS」運転の日でしたが、このあたりに同業者の姿は見られませんでしたね(伏見稲荷のホームに1~2名おられたようですが)。

 それから三条に戻り、みやこめっせの「春の古書大即売会」に行ってきました。目的はもちろん昔の鉄道雑誌。でも正直言って今回はものの見事に「ハズレ」でした(笑) 鉄道雑誌を置いている店が少なかった上に、置いてある店も品数が少なかったですね。結局、鉄道とは関係のない本を1冊だけ買って1時間半ぐらいで出ました。

 次に向かったのは守口の京阪百貨店の鉄道部品即売会。個人的には部品のコレクションはしていないのですが、鉄道写真がたくさんあったのにはびっくりしましたね。はるか昔の蒸気機関車やローカル私鉄の写真からつい最近の京阪の写真まで、もう言葉は悪いですが「みそもかすも一緒くた」状態でしたね(笑) でもじっくり見ていると淡路交通や三重交通神都線など、今となってはかなり貴重な写真もありました。そんな中から今回は昔の京阪500型や京都市電ツーマン車の写真を何枚か購入しました。また現在製作中の富山地方鉄道デ5010型の形式写真も1枚購入しました。

 そのあと久しぶりに日本橋まで足を伸ばしました。守口市駅に戻ってくると、折しも1番線と4番線に5000型が並ぶ光景に出くわしました。これを1枚の写真に収めるのは大変でしたけど(笑) 日本橋では台車や床板などのパーツを細々と購入しました。今回の掘り出し物はGMストアで購入したクモハ12の床板と屋根のパーツでした。部品の一部が欠落していたのでB級品として通常400円ぐらいする(と思う)のが210円でした。これに17m級の床板と屋根とヘッドライトが2個も付いているのは自作派の私にとっては超お買い得品でしたね。

 ということで今日の写真は行く先々で撮影したものです。わかばEXPRESSは……本日は以下省略いたしました(笑)

 

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車輌の収納について

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 ところで、皆さんは自作した車輌の収納をどのようにされているのでしょうか?

 そのままだとほこりをかぶってしまうし、特に動力車の場合は集電不良の原因にもなりますよね。そこで昔GMの客車キットを組み立てた時は、最初の写真のような箱をボール紙で製作していました。でもこれを作るのって、結構時間がかかるんですよね。もっとも今では中古の模型店で使用済みのケースを安価で売っていますが、自作車輌にフィットするサイズがあんまりないんですよね。

 そんな時100円ショップで見つけたのが2枚目の写真のはがきケースでした。パッと見た時の縦の長さが20m車と同じぐらいだったので、試しに1つだけ購入してみました。するとなんと20m車がちょうど5輌収納できたんですね。しかもケースが半透明なので中に何が入っているかもわかりますし、以来うちの鉄道の収納の基本方式にしています。

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突然ですが、富山地鉄デ5010型を製作しています

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 先日嵐電の撮影に行ってから、路面電車の重連運転にすっかり魅せられてしまいました(笑) それで……というわけではないのですが、富山地方鉄道のデ5010型を製作しています。

 デ5010型……実車は見たことがないのですが、前々から作りたい車輌でした。それが今回、製作に踏み切るきっかけとなったのは今年の初め頃に書店で偶然見かけたRM LIBRARY107『富山地鉄笹津・射水線―デ5000系ものがたり―』でした。ここに出ていた射水線の4連運転、4コのパンタを上げて快走する姿をわが鉄道にも登場させたくなったのです。

 幸い同車の1/150の図面があったので、これを利用して車体はプラ板から製作しました。モーターはKATOのBトレ用を流用しました。現在、動力車1輌のみ完成していますが、残る3輌も上回りはほとんど完成しています。予定では2輌を動力車にして、4連だけでなく2連×2編成でも運転できるようにしたいと思っています。

 車体関係は順調に進んでいますが、実は一つ大きな悩みがあります。4連運転はいいのですが、カプラーをどうしようか困っております。アーノルトはちょっと無理っぽいし、TNカプラーだと急カーブが心配だし……何か名案があればご教示いただきたいと思います。

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春は嵐電の季節です⑤~チャリで追いかけた北野線~

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 今日は天気もよかったので、午後から急に思い立って嵐電の撮影に行ってきました。前回ほとんどまわれなかった北野線を狙いましたが、日頃の運動不足も解消させようと自宅からなんと自転車で行ってきました。

 私の家から北野白梅町までは自転車で約40分。今日の北野線は1本おきに嵐山直通列車が運転されていて、これが全て連結車でした。桜の季節はもう終わりですが、沿線にはまだわずかながらも桜が咲いていました。もっとも名物の「桜のトンネル」はすでに「葉桜のトンネル」になっていましたけど(最初の写真です)。2枚目の写真は鳴滝でのモボ101型同士の交換。3枚目は高雄口(未だに宇多野と言えない…汗)にて、4枚目は竜安寺道にて撮影。5枚目は高雄口~御室間でわずかに残っていた桜を入れて撮影しました。そして6枚目は竜安寺道~妙心寺間と、自転車ならではの小回りの良さ(?)を活かして次々とポイントを替えて撮影してきました。最後の写真は帷子ノ辻で撮影したのですが、せっかくなので我が愛車(=チャリ)も入れてみました。ちなみに今日の嵐山線は連結車と単行が入り混じって運転されていました。

 チャリで追いかける撮影もまたいいものです。特に私のように撮影ポイントを頻繁に替える者には実に便利です。それに何より交通費がかからない!これが最大のメリットでしょうね(笑) もともと私は自転車が好きで、天気のいい休日にはよく乗り回しています。今日は日中割と暑かったので腕をまくって撮影していたのですが、そのせいか早くも少し日焼けしてしまったようです(笑)

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京阪700型と5000型、製作進行中です

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 今年初めに言いました京阪700型と5000型の製作、やや停滞気味ではありますが続けています。現在、5000型は2輌が完成、現在Tcの車体を製作中です。一方700型のほうは本日先頭車の708が完成しました。いずれもまだ運用に就くことはできませんが、夏を目指して頑張っていこうと思っています(しかしながら、あと3ヶ月ほどの間に果たして7連×2編成=14輌が出揃うのか、正直疑問ですが…笑)

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春は嵐電の季節です④~夜桜は見たけれど…~

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 日中10分ヘッドの嵐電は、17時以降7分30秒ヘッドに増発されますが、連結車の運用はなくなって、四条大宮発の電車から徐々に単行に置き換えられていきました。昼に連結車として出庫したモボ301などは入庫し、四条大宮で増結されたモボ26などは再度単行運用に戻りました。

 さて、この時期の夜の嵐電といえばやっぱり北野線の桜のライトアップですね。私も日が暮れてから北野線に足を伸ばしました。そしてライトアップが始まると全車連結車で運転されたのですが、どの車輌もみんな新型車ばかりだったんですね。これははっきり言って「ハズレ」でした。実は日中も帷子ノ辻を通るたび、さり気なく北野線の車輌を見ていたのですが、この日はオール新型車だったのであえて敬遠していました。ちなみにこの日、モボ27は一日中西院車庫で休んでいたので、せめてこの時間だけでも北野線に駆り出してほしかったですね。

 結局、車窓から桜のライトアップを見ただけで撮影はせず、帷子ノ辻から再度嵐山へ行ってモボ26やモボ103を撮影しました。この頃になると嵐山も駅員がいなくなって、降りる時は運賃箱に料金を払うようになっていました。そして嵐山発20:13のモボ103で四条大宮に戻り、同車が再び嵐山へ向かうのを見送ってこの日の撮影を終えました。四条大宮~嵐山間を撮影しながら3往復もしました。

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春は嵐電の季節です③~連結車を追う~

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 昼が近づくにつれて、嵐山へ行く観光客でどの電車も満員になってきました。そこでこの日も13時頃から連結車への置き換えが始まりました。私が四条大宮に着いた時入庫したモボ102+モボ301も再度出庫、さらには単行で運用されていた車輌も一部が四条大宮で増結され、同駅では思いがけずその連結作業を見ることができました。

 午後からはこの連結車の併用軌道の走行シーンを狙いました。ただこれはもう仕方のないことですが、せっかく電車が来ても車に邪魔されてしまうことが多いんですよね。この日も山ノ内周辺でねばったのですが、あまりいい写真は撮れませんでした。でも併用軌道を走る連結車は迫力がありますね。

 この連結車運用も四条大宮17:00発の嵐山行きで終了、またもとの単行運転に戻りました。ただ平日ダイヤでは17時以降は10分ヘッドから7分30秒ヘッドになるんですね。まだ日が高いので撮影は続行しましたが、夕方以降の撮影については次回にお話ししたいと思います。

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春は嵐電の季節です②~沿線の桜を求めて~

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 昨日は丸一日、嵐電の撮影に行ってきました。地元に住んでいながら、一日かけて嵐電の撮影をしたのは実はこれが初めて。一日乗車券を駆使して、モボ101型やモボ26型を追いかけてきました。

 四条大宮に来たのは午前9時前。ちょうど朝のラッシュが終わって、連結車が引きあげるところでした。この前と同様、まずは西院の車庫をのぞきに行ったのですが、そこへ来たのがなんとモボ26! さらに単行のモボ101型もやって来て、まずは幸先のいいスタートでした。

 午前中は嵐電と桜のコラボを狙ったのですが、意外に嵐山線は沿線に桜が少ないんですね。それでもちょっとした桜の風景を見つけては撮影してきました。上の写真は順に車折神社~有栖川間、帷子ノ辻、太秦~帷子ノ辻間、山之内~西大路三条間、西院で撮影した桜とのコラボです。最後の写真は私が四条大宮に来た時、車庫に引きあげようとするモボ301+モボ102です。

 昼近くなると嵐山へ行く観光客でどの電車も満員になってきました。そのためこの日も13時以降は全電車が連結車になりました。午後からはこの連結車をあちこち追いかけたのですが、それはまた次回にお話することにしたいと思います。

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5000型の奇妙な(?)運用

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 去年、中之島線が開業して間もなくだったと思うのですが、とある日曜の早朝6時頃、普段ほとんど使用されていない中書島駅4番線に5000型の回送が停まっているのを目撃しました。4番線は7輌編成分の長さがないため、京都側の先頭車は宇治側にある留置線のポイント上にはみ出していました。この5000型は淀方面から宇治線運用につく2600型が3番線に入線してきた後、回送のまま大阪方面に去っていきました。

 時刻表から察するに、おそらく淀始発の準急になるのだろうと思いましたが、4番線入線の珍しさも手伝ってこの回送がどうなるのか妙に気になっていました。

 で、ついに今日の早朝、この5000型の行く先を確かめてきました(笑)

 七条発5:43の急行(これも5000型でした)で出発、中書島4番線に停車中の5603Fを確認してそのまま八幡市へ先回りしました。そしてやって来たのは5603Fによる淀屋橋行き準急。やっぱり予想通りでしたが、ここでびっくりしたのはなんと同じ時刻に5000型による出町柳行き普通が来たんですね。思いがけずここで5000型の並びを撮影することができました。005 006 007_2

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春は嵐電の季節です

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 また桜の季節になりましたね。今日は午後から久しぶりに嵐電の撮影に行ってきました。今学校が春休みのせいでしょうか、平日なのに観光客が多く、なんと日中嵐山線は全車2輌で運行されていました。モボ27(レトロ電車)は見かけませんでしたがモボ301とモボ101型は4輌が連結車の運用に入っていて、今日の撮影はこの5輌の追いかける形になりました。

 四条大宮で一日乗車券を購入してまずは西院へ。ここで車庫内をのぞいていた時、奇しくもモボ301+モボ102の編成が来たことが今日の撮影を決定づけました。そして四条大宮から折り返してきた301で嵐山へ行って撮影。ここでは追って到着したモボ101+モボ106(ラッピング電車)との並びを捉えることがことができました。そのあと嵐電天神川や太秦などで撮影しましたが、併用軌道を走る連結車は迫力があってなかなかいいものでしたね。撮影していたら、またモクシャ(木車)の模型を作りたくなりました(笑)

 今回の撮影は先にも述べましたようにモボ101型シリーズの追っかけになったわけですが、一日乗車券の強みを活かして嵐山~嵐電天神川間を2往復、太秦~西院間も2往復しました。ただ少し残念だったのは、嵐山線沿線に桜がほとんど見られなかったんですよね。嵐電と桜のコラボを狙っていたのですが、これはちょっと残念でした。ちなみに北野線は、今回時間の都合で行けませんでした。

 さて、17:00に四条大宮を出る電車からは単行運転に戻り、連結車は続々と入庫していきました。さらに18時も20分ほどまわると、今度は日没との戦いになってきました。18時半頃に太秦広隆寺の前でモボ103を撮影して今日の撮影を終了しました。

 最後に明日4月1日から、恒例の北野線のライトアップが始まります。私も時間があれば見に行きたいと思っています。075

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テレビカー廃止に寄せて

001 001_4 毎度ご乗車ありがとうございます。

 今日の京都新聞に、2011年までに京阪特急のテレビカーを廃止するという記事が出ていました。このニュースに驚いた方もいらっしゃることでしょう。

 しかしながら私は正直「ついに来るべき時が来た」という思いでしたね。実際、テレビカーの車内でテレビを見ている人なんてほとんどいないのではないでしょうか(野球とか特別な番組がある時は別ですが)? 例えば淀屋橋行きの特急では、テレビが京都側にあるため、テレビカーだけは出町柳で座席の転換をしないのですが、同車に乗った人はほぼ全員が座席を前向きに転換してから着席しています。失礼な言い方を許してもらえるならば「京阪特急=テレビカー」というイメージが永年定着しているため、これまで惰性で残してきたのだと思います。今の時代、テレビが特別珍しいものでもないし、ブルートレインじゃないですが「よくぞ今まで残っていたな」というのが率直な思いでしたね。(余談ですが、このテレビカーに替わる新しい京阪特急のイメージがダブルデッカーだと思っています)

 さて、この記事で私が一番驚いたのは特急車の車端部のロングシート化でしたね。まあ1960年代の急行を思わせるような現在の特急の停車駅の多さを考えるとやむを得ないところでしょうが、これが1700型から続いてきた特急ロマンスカーの終焉の序章になりそうな気がしてならないんですね。これは現在の阪急京都線を見ていただければわかっていただけると思いますが、ここ数年の京阪のダイヤは、この阪急京都線のパターンを追いかけているような気がするんですね。京都線の特急の停車駅が大幅に変わった後、京阪特急の停車駅も似たようなパターンになりました。また阪急では昔の急行と化した特急のために、6300型の運用がかなり少なくなっていますが、京阪でも平日夜間の特急は一般車による運用になって、8000型の出番も減っています。この調子でいくと、特急車の運用減少のため近い将来旧3000型か8000型の一部に余剰廃車が出ることも考えられるのではないでしょうか。

 さらに個人的に心配なのは、現在の快速特急がいつまで存続するかですね。京阪間直通利用の多い者にとっては、現在のダイヤパターンは非常に不便なんですよね。現に私は、大阪へ行く時に阪急京都線を使うことはまずなくなりました。また大阪から帰る時も三条行きの特急を見送ってでも快速特急を利用しています。この快速特急、出町柳行きだけでなく淀屋橋行きも運転してほしいと思っているのは私だけではないでしょう。三条行きの特急が回送で大阪まで戻っているのは実にもったいない気がします。

 長々と書いてしまいましたが、最後に最近撮影した旧3000型(未だに8000型30番台とは言えない)の写真をご披露したいと思います。

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急行『きたぐに』発進!

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 かねてから進めてきましたGMの10系寝台車のリニューアルがこのほど完了し、急行『きたぐに』として運用を開始しました。編成はEF70を先頭にオユ10+ナロ10+ナハ10+ナハフ10+ナハフ10+オシ17+ナハ10+ナハ10+ナハフ10+オハネ12+オハネ12+オロネ10+ナハネ10+オハネフ12という堂々の15輌! 運転場が狭いためにエンドレスの大半を列車が埋めてしまっていますが、これだけの長編成になると我ながら圧巻です(笑) ちなみにEF70に次ぐ前4輌は今や超レア物(?)なキャブ製の10系客車(完成品)です。 

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 さらに今回は一足先に完成させていた急行『大雪5号』と共演させてみました。実際には走っている地域が全く違うのですが、そこは模型鉄道ということで……(笑) でもまあ、いずれも似たような列車名なのでいいんじゃないですか? ちなみにこの『大雪5号』の編成はD51+マニ60+オユ12+オハネフ12+スハネ16+オロハネ10+スロ62+スハ43+スハ43+スハ43+スハ43+スハフ42 となっています。

 去年から進めてきたGM客車キットのリニューアルもあと数輌を残すのみとなりました。できれば来月中にも完了させてしまいたいと思っています。

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10系寝台車のリニューアルを進めています

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 一ヶ月前から再開しましたGM客車のリニューアルですが、10系寝台車に関しては順調に進んでいて、今月中には完了できる見通しとなりました。(リニューアルが必要な車輌はまだ荷物車など数輌残っていますが)

 この客車のリニューアルは通常一旦解体してベンチレーターをつけかえたり車体を塗装して再度組み立てているのですが、1枚目の写真のオロネ10はもとからベンチレーターがなかった上に車体もカッチリ組んであったのであえて解体せず、屋根と床下の塗装だけにとどめました。このため、ウチの客車の中では唯一GM初期の塗装済みキットの面影を強く残す貴重な存在(?)となりました。さらに本日はナハネ10のリニューアルも行いました。こちらは一度解体して組み直すという通常のやり方で更新しました。

 で、リニューアルした客車を集めて急行「きたぐに」の編成を再現してみました。一部「大雪5号」に使用している車輛もありますが、14輌編成ともなるとウチの小さな運転場ではエンドレスの大半が埋まってしまいます(笑) でもこれほどの長大編成ともなるとやっぱり壮観ですね。ちなみにけん引しているのはKATO製のEF70、30年以上も前の製品です。

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久々の旧型国電

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 先月大阪の日本橋へ行った時、GMのクモユニ81のキットが中古で500円で売っているのを見て思わず衝動買いしてしまいました(笑)

 実はこのキット、以前クモニ83としてスカ色で組んだことがあるのですが、今回は大糸線のクモユニ81として製作してみました。とは言いましてもただ塗装をスカイブルーにしただけで特別な手を加えたわけではありません。でも考えてみたら、去年はなぜか旧型国電を全く作ってないんですね。別に避けていたわけではないのですが(笑)、今年は旧型国電にも力を入れたいですね。片町線のクモハ31とか御殿場線の73系とか、この分野でも作りたい車輌はいろいろあるのですが、今GMのクモハ11のキットを使って大糸線のクモハ12001を作れないか思案中です。

 ということで久しぶりに運転場で走らせてみました。先頭に荷電がつくとアクセントになってなかなかいいものですね。

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市電用の運転場を作りました

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 このほど既設の複線運転場の内側に、新しく市電用の運転場を増設いたしました。新線が開通するまでの間、路面電車の試運転などはこちらで行う予定です。線路は直線がKATO製、曲線はTOMIXのスーパーミニカーブレールを使用しました。

 しかしながら路面電車はやっぱり小さいせいか、殺風景な運転場では目立たないんですよね。早いこと新線を完成させて「街の中」を走らせてやりたいのですが……。

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京阪700型、ようやく1輌完成しました。

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 さて、一ヶ月前に紹介しました京阪700型先頭車が本日ようやく完成いたしました。車体のほうは早くに仕上がっていたのですが、下まわり――特にスカート部分をどうするかに手間取ってしまい、完成が遅れてしまいました。

 先月のブログで書いた通り、当初スカートはBトレのパーツを流用するつもりでしたが、加工中に破損してしまい、別の方法を考えねばならなくなってしまいました。KATOのパーツを使うことも考えましたが、模型店で現品を見たらどうも今一つぱっとしなかったんですね。そんなわけで行き悩んでいましたが、昔のTMSに掲載されていた京阪5000型製作記にHOサイズのスカートの展開図が出ていましたので、これを9mmゲージのサイズに縮小してペーパーで製作しました。

 ただこれで問題だったのはカプラーでした。実はダミーカプラーって好きじゃないんですよね。「自由に編成が組める」というのを最優先に考えているので、これまで製作した車輌は先頭車も全てアーノルトがむき出しでした。不格好といえば不格好ですが、それよりも実用性第一に考えていたわけです。そのためこの700型も当初はダミーカプラーをつけないつもりでした。ところが自作のスカートだとアーノルトがつかえてしまうんですね。ここでもまた壁に当たってしまいましたが、私の知っている実車の700型は先頭車が中間に入ることがなかったので、今回はやむなくダミーカプラーを使用しました。

 ようやく1輌が完成したばかりで気が早いのですが、急行マークをつけてみました。

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5000型が5000型を追いかける話

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 私は現在、通勤に京阪を利用しているのですが、その帰り道で時々、面白い光景に出くわすようになりました。

 丹波橋発19:42の出町柳行き準急(K1802Z)が1番線を出発するのとほとんど同時に、5000型の回送が2番線に進入してくるんですね。大抵は準急の最後尾がホームを出たところに回送の先頭車がホームにさしかかるのですが、時にはホームの両側に瞬間的に5000型が並ぶこともあって、途中下車してこの光景を眺めるようになりました。

 で、この5000型の行く先が気になって、ある時追跡調査をやってみました。回送は丹波橋でしばらく停車した後、出発していくのですが、先の準急が深草を発車する時、丹波橋と同様に今度は深草駅の1番線に入ってきます。ここで快速急行と特急を待避した後、出町柳へと出発していきます。一方、先の準急は出町柳到着後すぐに回送で折り返し、後から来た5000型は淀屋橋行き準急(K2001A)となって折り返していきました。

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再チャレンジの京阪1300型、4連完成しました

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 去年の2月からコツコツ(?)作り続けていた京阪1300型がこのほど完成し、4連で宇治急運用に就役いたしました。

 実は1300型を製作したのはこれが2回目で、最初に作ったのは3年ほど前、私にとってほとんど初めてのフルスクラッチ挑戦でした。作っている間は特に感じなかったのですが、いざ完成してみると窓やらシル・ヘッダーやらそこらじゅうが「いびつの塊り」といった代物で、とても人前にお見せできるものではありませんでした(それでも4輌編成が完成した時はそれなりに達成感はありましたが)

 そこで今回の再チャレンジとなったわけですが、前回一番「いびつ」だったのはシル・ヘッダーでした。前回はプラ板を1mmぐらいに細く切って表現していたのですが、どうしてもまっすぐ切れないんですね。今回もこれをいかに表現するか悩んでいましたが、模型店でたまたま0.3mm×0.5mmのプラ棒を見つけたのでこれを利用することにしました。これでもいびつと言えばいびつですが、前作よりははるかによくなったと自負しています。車番は1311+1382+1352+1304。先に製作した500型4連と共に宇治線の運用に就いています。

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京都市電800型を製作しました

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 遅々として進まない新線建設ですが、このいつ完成するかわからない(?)路線用に京都市電800型を製作いたしました。

 プロトタイプは京都市電初の間接制御車として製造された866~880のグループで、これ以前に製造された800型と違って側面中央部のたれ下がりがないのが特徴です。またこのグループは後に集電装置がZパンタになったのも特徴で、このZパンタ付きの車輌がほしかったのが製作のきっかけでした。

 車体の製作は毎度おなじみの(?)プラ板・バルサによるフルスクラッチですが、今回は以前1800型を製作した時に省略した救助網も再現してみました。救助網の製作については以前から何かいい方法ははいものかとずっと考え続けていたのですが、先日京都市内の模型店で面白いものを見つけました。1/144ジオラマ用エッチングパーツのノーマルフェンスで、形状が何となく京都市電の救助網に似ていると思ったので購入してみました。2枚目の写真がこのフェンスを折り曲げて取り付けたところですが、一応はそれらしい雰囲気を出すことができました。

 下まわりはKATOのBトレ用を使うつもりでしたが、車体幅が合わなかったためMODEMOの江ノ電の下まわりを流用しました。正直路面電車にしては腰高なのが気になるのですが、現状では致し方ないですね。あと塗装は安易に(?)GMの国鉄緑2号とクリーム色1号を使用しました。いずれもプラ用塗料なので京阪の車輌のように車体のゆがみを心配する必要はなさそうです。

 どうにか完成させた800型ですが、前面の通風口の表現など課題はいろいろ残っています。次は700型にもチャレンジしてみたいですね。

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今出川通のLRT私感

毎度ご乗車ありがとうございます。

 昨日の京都新聞に、今出川通でのLRT運行に関する研究報告書が京都市長に提出されたという記事が出ていました。

 今出川通にLRTを走らせようという話はもうずいぶん前から議論されていて、バスを使った実験運行もされたことがありました。しかしながら反対意見や採算面などで疑問視する声も多く、現在のところ、実現の見通しは全くたっていません。

「京都・今出川通りにLRTの実現を推進する会(新今電会)」ではこうした意見に対してかなり具体的な解決策を提案されています。私自身、京都市内にLRTを導入することは基本的に賛成ですが、はっきり言って現状では実現は限りなく不可能に近いと思っています。

 その最大の理由は、京都の街が車に対して非常に甘いと思うからなんですね。正月に広島へ行った時ですが、交差点で右折の車が軌道上にはみ出してきても、広電は全くひるまずに警笛を鳴らしながら突っ込んでいくんですね。車のほうを強制的にバックさせてるんです。ところが京都のバスの運転手はというと、法律上は直進車優先にもかかわらず交差点で右折の自家用車に道を譲ったりしている。実に情けない話だと思います。広島で感じたのですが、向こうは公共の乗り物と自家用車の間に上下関係のようなものがあるように思います。一方京都はというと、公共の乗り物も自家用車も対等の立場で議論しているのではないでしょうか。今出川通は狭い道です。ここに路面電車を走らせたら車の邪魔になるのは当然です。でもそれをどうこう言っていたらいつまでたっても実現することはないでしょう。

 京都の人の間では「路面電車は古い乗り物」という考えがまだまだ根強く残っているように思います。この意識を根本的に変えない限り、いくら議論しても永遠にLRTは実現しないでしょう。また本当に導入しようとするなら、車に対してもっと強硬な姿勢で臨むことが必要だと思います。

 長々と書いてきましたが、今日の写真は製作中の京都市電800型です。

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木津と亀山のSL

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 先日、クハ55071さんのコメントで関西本線のSLの話がありましたが、今日は私が昔見に行った関西本線のSLの話をしてみたいと思います。昭和48年9月の話です。

 関西本線からSLがなくなる――そんな噂を聞いて、何の予備知識もなく京都から奈良線のディーゼルカー(まだ電化されていませんでした)でひとまず木津へ。ホームに出ると、反対側に貨物列車が停まっていました。そして何気なくその貨物列車の先頭を見ると、なんとD51だったんですね。あの時の感動は今でもはっきり憶えています。それから木津駅の駅員に尋ねてSLの情報なんかを教えてもらい、撮影したのが今回のD51の写真でした。

 そのあとキハ35型2連の普通で亀山へ。ここでもD51がいたほか、C58が入れ換え作業をしていたのが印象的でした。また今回写真は載せませんでしたがここではC57にも遭遇しました。亀山からは普通列車で名古屋に出て、新幹線で京都に戻ったのですが、この時の普通はなんと旧型の客車列車でした。ただ牽引していたのはSLでなくDD51でしたが……。

 クハ55071さんのコメントにもありましたが、私もこの時の印象が強いせいか、関西本線というとキハ35を思い出します。また私は見たことがないのですが、電化前の湊町~奈良間で、キハ35系による快速があって、現在の大和路快速とさほど変わらない俊足だったそうです。これを模型で再現したいと思っているのですが、中古でもなかなかキットは見つからないですね。(完成品があるじゃん!なんて意見も出そうですが、それはちょっと……笑)

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京阪700型を増備します

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 今日は祝日でしたが、どこへも行かず一日中模型をいじっておりました(笑)

 今年は京阪の急行用の編成を製作したいと思っていて、先月末から700型の製作を始めていましたが、本日その1輌目がほぼ完成いたしました。主な製作方法は去年2000型を作った時と同じで、ペーパーによるフルスクラッチです。去年2000型や1900型を作ってみて、ペーパーでもプラ板とさほど変わらない強度が得られることがわかったので、700型はペーパー中心で製作していこうと考えています。

 ただ今日作った先頭車、スカートがないんですよね。実はスカートも取り付けるつもりで、Bトレのパーツを加工していたらものの見事に失敗(真っ二つに割れた!)してしまいました。でも700型にスカートなしは様にならないので、早急に何とかしようと思っています。(確かKATOあたりでパーツが出ていたような気がするのですが……)

 急行用の編成はさらにもう1本、去年から5000型を製作しています。こちらは2輌目の車体がほぼ完成、塗装待ちの状態になっています。そして今日はもう1輌、1300型の中間車、1352も完成させてしまいました。去年再チャレンジで製作した1311と1304に続き、近いうちに中間電動車を製作して4連で宇治線の運用に就かせたいと思っています(すでに窓抜きを始めかけています)。007 006

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京阪500型、モーターを交換しました。

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 2年ほど前(だったと思う)に京阪の500型を製作したのですが、これに合う動力ユニットがどうしても見つからなかったんですね。そこで強引ではありましたが鉄コレ用の12m級動力ユニットを切断、車体の長さに合わせて装着していました。そのせいかどうかはわかりませんが、走行状態が今一つパッとしなかったんですね。走ることは走るのですが、運転場を2~3周するとなぜか走りがぎこちなくなってしまう。そんなわけで完成してもあんまり活躍の場はありませんでした。

 ところが先頃、模型店で鉄コレ用動力ユニットの16m級というのを見つけたんです。これはいけるのでは……と購入して500型の車体と合わせてみたらまさにピッタリ! 走りも申し分なく快調そのものでした。本日4枚目の写真は先日製作した1700型による特急「まいこ号」との共演ですが、走らせていると1960年代の京阪も作ってみたくなってきました。流線型の1000型や1100型の他、2ドア時代の1300型なんかもいいですね。(またあらぬ方向へ進むのか…笑)

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特急・八瀬遊園  急行・岩倉

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 前回の古本話の続きですが、鉄道ピクトリアル1967年4月号と5月号に掲載された「私鉄車輛めぐり・京阪電気鉄道補遺」からちょっと面白い話を紹介したいと思います。

 同誌に掲載されている当時の京阪の路線略図(2枚目の写真です)ですが、そこに当時の計画線も紹介されています。一つは三条から出町柳までの鴨東線、もう一つは八幡町から分岐、交野線をクロスして大和田に至る路線、そして大和田から南下して荒本(東大阪市)に至る路線の3つです。

 鴨東線は別として、あとの2路線はほとんど知られていないのではないでしょうか? 八幡町~大和田の路線がどんなルートなのか、同誌にはただ「京阪平野を貫通して」としか書かれていないのでわかりませんが、これがもし実現していたら現在の京阪はどんな感じになっていたか想像してみるのも一興でしょう。例えば大和田駅などは構内配線がガラッと変わっているでしょうし、乗り換え駅ということで急行停車駅になっていたでしょうね。余談ですがこの路線図には計画線に中之島線の名前はありませんでした。

 ところで、今回のタイトルですが……。

 鴨東線が計画された頃、実は京阪と叡電が直通運転する予定だったことを皆さん憶えていらっしゃいますでしょうか? 当初の計画では三条で大阪よりの3輌(または4輌)を切り離し、京都よりの3輌で特急は八瀬遊園まで、また急行は岩倉まで直通することになっていました。かつて3000型に電気連結器がつけられていましたが、これは三条での増解結をスムーズに行えるようにするためだったそうです。さらに当時は八瀬遊園から比叡山の下をトンネルでぬけて堅田まで延長、淀屋橋から直通させる構想もあったそうです。ただこのためには出町柳駅を京阪と叡電の共同駅にしなければならず、叡電側にその資金がないという理由で立ち消えになってしまいました。こちらももし実現していたら出町柳駅は現在よりもっと大きな駅になっていたでしょうね、八瀬の遊園地も閉園せずに存続していたかも知れませんね。

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昔の鉄道雑誌を探して

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 突然ですが「古本市」って行かれたことありますか?

 京都では毎年春、夏、秋にそれぞれみやこめっせ、下鴨神社、百万遍知恩寺で開催されているんですが、私は期間中に休みが入れば必ず足を運ぶようにしています。

 で、その目的はと言いますと、昔の鉄道雑誌なんですね。どの古本市でも、大抵2~3軒は鉄道雑誌をたくさん置いてある店があって、そこで掘り出し物を見つけるのが結構面白いんですよ。もちろん徒労に終わることもありますが、時にはかなり昔の本が安い値段で入手できることもあるんですよね。

 ちなみにこれまで入手した雑誌の中で最も古いのは鉄道ピクトリアルの昭和31年7月号でした。確か百万遍の知恩寺だったと思うのですが、価格が500円と意外に安かったので買ってみました。内容はと言いますと、まず個人的に目を引いたのが京都市電のグラフでしたね。200型や300型といった単車が残っていて、700型はまだ登場していませんでした。それと「車輛の動き」。国電の新車にモハ72655、新製電気機関車にEF58 91やEH10 28など、我々が「旧型」と呼んでいる車輛が「新車」だったところに時代を感じましたね。

 ところで先日、古本市ではありませんが三条京阪のBOOK OFFで昭和40年発行のTMS誌がなんと1冊105円で売っているのを見つけて何冊か購入しました。(余談ですがポ○ンデッタの鉄道古書コーナーだと安く見積もってもたぶんこの十数倍はすると思います) その中でも6月号にはなんと京阪1000型と2000型のモデルが紹介されてたんですね。いずれもHOゲージでしたが、1000型の製作記事は読んでいて自分も再チャレンジしてみたくなりましたね。016 017 018

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新線建設⑬ 道路建設再開しました

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 去年の秋以来、ほとんど凍結状態になっていた新線の建設をこのほど再開しました。まずは併用軌道部分の道路を製作しているところですが、これが意外に手間のかかる作業だとは思いもしませんでした。最初はプラ板を貼り付けて、後で着色すればいいなんて軽く考えていたのですが、実際にやってみると結構大変でした。特に曲線部分のプラ板の切り出しには難儀しました。かつての瑞穂電気軌道のように、プラスターや紙粘土による製作も考えましたが、果たして9mmゲージのサイズでうまく作れるのか、正直自信がなくて踏み切れませんでした。まだ当分道路の製作が続きそうですが、今年は凍結だけはないようにしたいと思っています。

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1枚の写真から

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毎度ご乗車ありがとうございます。

「1枚の写真から写真から夢の花咲くこともある」

 ひょっとしたら私の記憶違いかも知れませんが、昔のTMS誌にこんなタイトルの記事があったそうです。これがどんな内容だったのか知る由もありませんが、おそらくたった1枚の写真がきっかけで、すばらしい模型ができることもある……といったものだったのではないでしょうか。

 実は去年の暮れに京阪1900型を完成させた後、1700型の製作に着手していました。最初は昭和40年代の、普通運用に就いていた4輌編成にするつもりでした。ところが今年に入って、すごい写真が出てきたんですね。もう何年も前に守口の京阪百貨店で購入したと思うのですが、昔の京阪特急のカラー写真で、4輌編成のうち前2輌が1800型、そして後ろ2輌がなんと3ドア化されてしかも特急色の1700型だったんですね。さらにこの特急、「まいこ」のヘッドマークもつけていました。

 この写真を見たとたん急に作りたくなって、2輌作りかけていた1700型は予定を変更して「まいこ」号として製作することにしました。前2輌の2ドア車は昔作ったレイルロード製の1700型を充当、鳩マークと共に「まいこ」のヘッドマークもつけてみました。同じ1700型の2ドア車と3ドア車の混結なんておかしいといえばおかしいのですが、ここは目をつぶりました。

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突然ですが、オハネ12を作りました

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 去年の暮れに大阪の日本橋へ行った時、300円という安さに惹かれてGMのオハネ12のボディキット(中古品)を衝動的に買ってしまいました(笑) おそらく30年ぐらい前に発売された初期の製品で、車体はブルーに塗装済み、床下機器はウエイトを兼ねたダイカスト製です。

 塗装済みとはいえ、製作にあたって車体は新たに塗装し直した上、窓枠の部分に銀を入れてみました。もちろん床下のダイカストもつや消しの黒で塗装、あとは別段いじったところもなく素組みしました。余談ですがこの客車の台車(TR50)も中古で200円でした。

 ところで、このオハネ12の運用計画ですが……。

 現在リニューアル計画中の10系寝台車やオシ17などと合わせて大阪~青森間を走っていた頃の急行「きたぐに」を再現したいと思っています。牽引機はEF58かEF70あたりになるでしょうか、それはさておき、最後にひとつ皆さんにお尋ねしたいことがあります。

 私が再現しようと考えている「きたぐに」の昭和40年代前半の編成はどのようなものだったのでしょうか(笑) いろいろ調べてみたのですが未だ詳しいことがわかりませんでした。

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京都市電1900型ひとまず完成!

004 毎度ご乗車ありがとうございます。

 長らく放置状態だった京都市電の1900型を、このほど何とか1輌完成させました。車体は岩橋商会のキットを組んだものですが、意外にてこずったのは「入口」「出口」「ワンマンカー」といったデカールの貼り付けでした。私の工作力が足りないといえばそれまでですが、何度やってもうまく貼れない。そこでついにはデカールをカラーコピーしたものを車体に貼ってしまいました(笑)

 それから下まわりも大変でした。最初はKATOのBトレ用動力ユニットを使うつもりでしたが、ボギーセンターが短すぎて断念。MODEMOの土佐電鉄600型の下まわりを流用しました。実を言うとこちらは逆にボギーセンターがやや長すぎるのですが、急カーブもどうにか走ってくれるので目をつぶりました。006_2 005

 試運転はレイアウト上で行いました。やっぱり路面電車は殺風景(?)な運転場より街中のほうが似合いますね。これを機に新線建設にも力を入れていきたいと思っています。

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広電探訪記③~電車のある風景あれこれ~

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 もうすでに皆さんご承知の通り、私は撮影ポイントを次々と変えていくのが好きです。そこで広島での2日間も、一日乗車券をフルに使って乗りまわし、いろんな場所で撮影してきました。

 広電の写真というと、八丁堀や紙屋町あたりで3~4台の電車が編隊を組んで走っている情景を思い浮かべる方が多いと思います。そのため、根がへそ曲がり(?)な私は今回、この手の写真はあえて撮りませんでした(笑) そのかわり市内線全域にわたってこまめに途中下車しながら、私自身の独断と偏見による「電車のある風景」を撮影してきました。今日ご紹介しました写真は順に海岸通、荒手車庫、十日市町~土橋、元宇品口、的場町、紙屋町、761車内、広島駅で撮影したものです。単に私の思い込みかも知れませんが、じっくり歩いてみると撮影スポットって結構あるものですね。

 ちなみに私が広電で一番好きなスポットは土橋から小網町を経て観音町までの区間ですね。他の電車通りと違って道幅が狭く、走っている電車が間近で見られるのがいいですね。おまけに人も車も少なく、静かなたたずまいの中を電車の走る音だけが響く雰囲気が最高ですね。

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広電探訪記②~1900型頑張ってます~

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 今回の広島行きの最大の目的はもちろん元京都市電1900型だったわけですが、幸いにも市内線全域で頻繁に目にすることができました。もっとも、在来車で今なお一定の勢力を持っているのはこの1900型ぐらいなのですが、①系統と②系統を除く全ての系統に終日にわたって運用されていました。それと個人的に嬉しかったのは、以前訪れた時は一部の車輌が広告電車になっていたのですが、今回は全てオリジナル塗装に戻っていました。やっぱり1900型はこの塗色が一番ですね。

 撮影は朝から夜まで、一日乗車券を駆使して市内線のあちこちで続けましたが、今あらためて見てみると、撮った写真のほとんどが1900型なんですね(笑)。別に意識したわけではないのですが、やっぱりそれだけ頻繁に運用されてたんでしょうね。今日載せました写真は順に宇品2丁目、紙屋町、横川駅、江波、西広島、広島港、観音町~天満町、広島駅で撮影したものです。いずれもいい写真とは言えませんが、京都市電全廃から30年が過ぎた今でもバリバリ頑張っている姿を感じていただけたら幸いです。

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2009年“安楽工作派”宣言

019 021 029 020 毎度ご乗車ありがとうございます。

皆様、新年明けましておめでとうございます。旧年中は拙いブログにお付き合いいただきましてありがとうございました。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 今年もいろいろ作りたい車輌はあるのですが、去年の秋頃から凍結状態になっている新線の建設を第一に進めていきたいですね。現在、道路を製作しているところですが、できれば区画整理をして、民家を並べられるところまでこぎ着けたいと思っています。それとこれも去年中途半端で終わってしまったGMの客車キットのリニューアルを、今年こそは完結させようと思っています。

 車輌面では、夏を目処に京阪5000型を完成させたいですね。去年は1900型(特急車)を作ったので、今年は急行用の編成を製作するつもりです。また以前製作途上で断念した600型や700型も再チャレンジしたいと考えています。

 京阪以外では、実は去年、旧型国電を全く製作しなかったので、今年は何か作りたいと思っています。具体的には御殿場線の73型や、片町線のクモハ32なんかを考えています。また年末に完成させた近鉄2200型の続きも作りたいし、新線にあわせて路面電車の増備も考えています。

 ともあれ、今年も作りたい車輌はくさる程あるわけでして、あっちへフラフラ、こっちへフラフラと寄り道しながら気ままに製作を楽しんでいこうと思っています。最近、思うようになったのですが、私の場合、模型をやっていて一番楽しいのは「作っている」瞬間なんですよね。ですからたとえ欲しい車輌の完成品があったとしても、私は自作の道を選ぶと思います。もっとも、皆さんご承知の通り大した技術はありませんが、それでも「工作派」モデラーでありたいと思っています。

 最後に、この正月休みの予定ですが……。

 今夜の夜行バスで広島へ行ってきます。目的はもちろん、広島電鉄です。元京都市電の1900型や、宮島線直通車の2000型が今どうなっているか見てきたいと思っています。向こうで一泊して、3日の夜に帰ってきます。どんな旅になるか、またこのブログでレポートしたいと思います。

 では、行ってきます!

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京阪2000型(後期型) 近鉄2200型どうにか完成!

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 クリスマスも終わり、今年もあと一週間を切りましたが、製作中の京阪2000型(後期型)2輌がこのほど完成し、先に製作した4輌と合わせて6連運転を始めました。

 車体はモノコックボディということもあってペーパー製ですが、最初の写真右側の2032は前面にBトレ2000型のパーツを使用しました。そして左側の2040は試験的に前面もペーパーで作ってみました。特に難しかったのは前面と側面の接合部に丸みをつける工程でした。接合部にパテを塗り、ヤスリで整形したのですが、ペーパー同士なのでかなり慎重にやらないとつぶれてしまう恐れがあるので大変でした。正直言って満足のいく仕上がりではありませんが、この工法がうまくいけば今後600型や700型の製作に役立つと思っています。

 それから久しく放置状態(?)だった近鉄2200型も動力車が完成、2連で運用を開始しました。モーターはBトレ用の動力ユニットを使用、走りは極めて快調ですが、2200型で2輌というのはやっぱり物足りないですね。さらに増備して、5~6連か、せめて4連で運用できるようにしたいと思っています。

 最後に、去年も同じようなことを書いたと思うのですが、この先大みそかまでかなり忙しくなるので、たぶんブログの更新はこれが年内最後になりそうです。そこで少し早いのですが、この1年、へなちょこな模型のブログを見て下さいましてありがとうございました。更新はできそうにありませんが、コメントのお返事はできる限りさせていただきたいと思っていますので、どうぞよろしくお願いします。

 それでは皆様、よいお年をお迎え下さい。016 008

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京阪1900型勇退に寄せて

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 皆さんご承知の通り、昨日のさよなら運転を最後に京阪1900型が勇退いたしました。残念ながら私は仕事で撮影には行けませんでしたが、通勤途中で記念のKカードは購入しました。そこで今日は、1900型にまつわる超個人的な思い出話をさせていただきたいと思います。

 私が鉄道写真を撮り始めたのは昭和48年頃だったと思います。当時の京阪は特急車が1900型から3000型への転換期で、今思えばこの時すでに3000型が大勢を占めていたようです。上の写真は昭和48年、親にせがんで初めて撮影目的で香里園へ行った時に撮影した1900型ですが、私にとってこれが自分で撮影した唯一の特急時代の写真になりました。(余談ですがこの時、偶然500型の回送が入線してきてびっくりした記憶があります)

 1900型には3000型のようなシート一斉転換装置がありませんでした。そのため三条では乗客を降ろすと清掃係(?)のおじさん(制服着用の職員ではなかったように思います)が両手を軽く広げて通路を歩きながらシートをバタン、バタンと転換していたのを憶えています。今思うと当時の車内整備は現在より時間がかかっていたかも知れませんね。

 その後3000型が出揃って1900型は一般車に格下げされましたが、中でも旧型車はほとんどが7連に組成されていたせいか、主に大阪側で普通や区間急行に運用されていたように思います。と言いますのも格下げ後の1900型といえば新型車ばかりの5連はよく見かけましたが、旧型車は正月の代特や臨時特急ぐらいしか印象がないんですよね。そのせいか昭和50年頃、大阪へ行った時に1900型の旧型車が夕方ラッシュ時の区間急行に運用されているのを見て妙に感動した記憶があります。

 最後に、素朴な疑問ですが・・・・・。

 最近知ったのですが、1900型の格下げは昭和47年に始まっていたようですね。ということは、特急車の1900型と一般車の1900型が共存していた時期があったのでしょうか? ご存知の方はご一報いただきたいと思います。

 完全勇退した1900型、私は模型で残そうと思っています。011 001_2

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今年最後(?)の日本橋行き

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 先日、久しぶりに大阪の日本橋に行ってきました。タイトルの通り、おそらくこれが今年最後の日本橋行きになると思うのですが、模型店をまわっていろいろと買い込んできました。

 と言いましても、一応工作派(!)の私としましては完成品には興味がなく、動力ユニットはじめ貫通幌や台車といった安いパーツばかりいろいろ購入しました(もっともたくさん買うと塵も積もれば式で結構な金額になりますが……)。で、この日の一番の買い物はGMストアで買った床板(1枚目の写真)でしたね。実はこれ、以前にも買ったことがあるのですが、長さが18m級で、京阪の車輌にぴったり合うんですね。しかも1個157円と安いので、7輌分買い込んできました。

 それからポポンデッタで思わず衝動買いしてしまったのが2枚目の写真のキハ44000型のキット(キングスホビー製)。価格が1000円とこれも安かったので購入しました。もともとディーゼルカーは好きで、キハ35など作ったことがありますが、何だか来年は早々からあらぬ方向へ向かいそうな気もしています(笑) 

 それはさておき、中古の模型もじっくり探してみるといろいろ掘り出し物があるものですね。この日もポポンデッタで銀河の旧型国電用ヘッドライトやGMの台車など、格安の商品を見つけました。中古とはいえ新品とほとんど変わりないし、何より製作費を節減できるのがいいですね。

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京洛電気軌道流車輌製作法⑤

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 車輌製作法の第5回目、今日は窓枠の製作方法についてお話したいと思います。

 これは以前、京阪600型を製作していた時に思いついたのですが、まず窓ガラス用の透明ビニール板の中桟部分にカッターで軽くスジをつけます。それからこのスジをつけた部分を残して全体をマスキングテープで覆います。そして塗装すると、写真のように桟の部分だけが残り、意外に感じよく仕上がりました。以来、このやり方は当鉄道の標準工法にしています。

 さて、5回にわたりました車輌製作法も今回で一応、終了とさせていただきます。何だかまとまりのない内容ばかりで解り辛く、また大して参考にもならなかったと思いますが、模型の製作方法にこれだ!という「王道」や「マニュアル」はないと思います。模型を作る人が10人いたら、10通りの製作方法があってもおかしくないと思います。最近は作る人が少なくなっているようですが、私はたとえ「万年駆け出し」の腕でも「工作派」でいたいですね。

 ということで、そろそろ次の車輌の製作にかかることにしましょう。

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京阪1900型、6連×2編成完成しました

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 かねてから製作を進めてきた京阪1900型特急車が、このほど6連×2編成完成いたしました。途中、前に作った1926と1902が廃車になるというハプニングもありましたが、その代替車輌も含めてどうにか年内に完成させてほっとしています。毎度のことながら下手な模型ですが、それでも特急同士のすれ違いはなかなか壮観だと一人喜んでます。

 車体の製作はいつもプラ板を使っていましたが、今回中間車の1955に関しては試験的にボール紙を使ってみました。結果は補強をきちんとすれば、プラとほとんど変わらない強度が得られました。また窓抜きもプラ板に比べると容易にできました。今後は車輌によってはペーパーを使うことも増えていきそうです。

 それからもう一つ。今回一部の車輌にTVアンテナをつけてみました。取り付けには屋根に小さな穴をあけ、そこにKATOのパーツを直接差し込んで接着しただけという単純なものです。ちょっと屋根にアンテナがへばりついているような感じがしないこともないのですが、いいアクセントにはなりましたね。

 これにより1900型は3扉車7連を含めて合計19輌と、うちでは一番の大世帯となりました。でも完成した特急車を走らせていると、今度は新型メインの6連をもう1本ほしくなってきました……。

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京洛電気軌道流車輌製作法④

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 車輌製作法の第4回目、今日は塗装についてお話したいと思います。

 普通、模型の塗装というとエアブラシとか何とかいう器具(←よくわからない)を使うことが多いようですが、私は今なお昔ながら(?)の筆塗りをやってます。たまにスプレーを使うこともありますが、メインは筆塗りですね。理由は簡単、ただ単に経済状況が許さないからです(笑)

 最初の写真がいつも塗装に使っている筆ですが、これ実は中学の美術の時間に使っていた水彩画用の筆なんですね。でも別段問題がないのでそのまま模型用に使っています。また塗料の攪拌には専用のかきまぜ棒を使う人もいるようですが、私はいつもこの筆でかきまぜています。

 塗装はひと思いにサッと塗ってしまいます。あんまりちびちび塗っていると、後でムラになってしまうようですね。塗り分けにはマスキングテープを使用しますが、京阪のようなツートンカラーの場合、まず上半色を全体に塗ってから下半色を塗っています。

 最後に、模型の塗装というと有機溶剤などのキツいにおいがつきものなので、部屋の窓はいつも全開にして行ってます。でも、冬はこれが結構つらいんですよね……。

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製作計画(2008年12月)

毎度ご乗車ありがとうございます。

 今年もついに最後のひと月になってしまいましたね。今月も引き続き京阪1900型の製作を進めていきますが、先月廃車になった代替車輌を含めてかなりのところまで進捗していますので、おそらく近いうちに6連×2本が完成すると思います。それから9月から放置状態になっている近鉄2200型も完成させたいですね。とりあえずは2輌編成で運用できるようにしたいと思っています。あとできれば京阪2000型も先頭車2輌を作りたいところですが、現在作りかけの車輌をできるだけ完成させてしまいたいですね。

 話は変わりますが、昨日からちょっと体調を崩してしまいました。やっぱり夏生まれのせいか、寒いのは全く駄目ですね。今から来年の夏が待ち遠しいです。ということで来年の夏に向けて、初の冷房車の試作も始めております。今日の写真は試作中の冷房車です。016

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京洛電気軌道流車輌製作法③

008_3_2 毎度ご乗車ありがとうございます。

 車輌製作法の第3回目です。前回でどうにかこうにか「車体」の形になったわけですが、このあとベンチレーターやヘッドライト等、屋根上の製作にかかります。

 しかしながら私は、ここから先は「手抜き」をやりまくっています(笑) ベンチレーターやヘッドライト等はGMの旧型国電や客車キットのものを使用しています。GMのキットはこれらのパーツが余分についていることが多いので、マメに残しておくとこういう時便利ですね。また旧型車輌のヘッドライトには銀河モデルのパーツも使っています。さらにベンチレーターで既製のパーツがない時は、プラ板を「それらしい」大きさにカットして「それらしく」見せたりしています。写真は塗装前の京阪1905ですが、ベンチレーターは1mm厚のプラ板製です。

 そして下まわりですが、これこそ手抜きの極致(!) 床板はGMのキットのものを現物合わせで調整して使用していますが、床下機器に関してはもう実物を完全に無視して、手持ちのパーツを適当に接着するだけです。そのいい加減さは、「こだわり派」のモデラーが見たらブチ切れまくることでしょう(笑) でも私は思うのですが、こだわり過ぎるとキリがないんですよね。まして私が製作している京阪の車輌のように市販のパーツや台車がない場合、悪く言えばどこかで妥協せざるを得ないわけです。ちなみに私の場合「パッと見の雰囲気」を大切にしているので、細部がいい加減でも「京阪電車」だとわかればそれでOKとしています。

 次回は塗装についてお話したいと思います。今日は写真が少なくて失礼いたしました。

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アクシデント発生!!

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 ついに恐れていたことが起こってしまいました! 

 写真は去年の1月に製作した京阪1902と1926で、モリヤスタジオ製のキットを組んだ1900型の中間に入っていました。ところが先日久しぶりに運転した時、車体に写真のような歪みが生じているのに気付きました。特に1902の歪みはひどく、とても走らせられる状態ではありませんでした。また1926のほうも、1902ほどではありませんでしたが側面がくの字型に凹みかけていました。

 原因はわかっています。塗装にマッハ模型製の京阪色を使用したのですが、実はこの時、マッハ製の塗料がプラには使用できないことを知らなかったんですね。後になってお店の方から聞いてびっくりしたのですが、この2輌、11月18日付で廃車としました。ただし床板やパンタグラフ等再利用可能な物は全て取り外して今後の製作車輌に役立てていこうと思っています。

 この2輌の代替として、ひとまず現在完成している1900型旧車のうち2輌をモリヤスタジオ製の編成に組み入れ、第2編成用としてさらに2輌を追加製作することにしました。車種としては新型の中間車(1950型)及び新型両運車(1925又は1926)を考えています。

 今回のアクシデントで、今まで製作してきた京阪の一般車もちょっと心配になってきました。と言いますのも実は一般車の下半色に今でもマッハの京阪色を使っているんですよね。ただプラがダメなことはわかっているので、塗装の際はまず全体に上半色(GMの黄緑6号)を塗り、その塗膜の上にマッハの塗料を塗るようにしています。現在のところ問題はありませんが、この先本当に大丈夫か気になるところです。008

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中之島線初乗車記

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 皆さんからは「何を今頃!!」と言われそうですが、昨日初めて京阪中之島線に乗ってきました。京橋で「中之島1DAYチケット」を購入して中之島線全駅で撮影しましたが、開業して一ヶ月近くなるせいか鉄道ファンの姿もほとんどなく、また平日の日中でもあったのでどの駅もどの列車も閑散としていました。おかげで周囲を気にせずゆっくりと撮影できましたが、一つ残念だったのは時刻表に出ていた5輌編成の区間急行が全て2630型の7輌で運転されてたことですね。中之島線内で5輌編成の写真を撮影するのが最大の目的だっただけにがっかりでしたね。

 ところで、終点の中之島はJR東西線の新福島の近くだったので、ひとしきり撮影した後、久しぶりに尼崎のホビスタへ行ってきました。鉄道模型35%引きは確かに魅力的ですが、はっきり言ってこの日はGMの客車や旧型国電のキットなんかの品切れが多かったですね。それに予定外の行動でお金の持ち合わせも少なかったので、結局何も買わないで退散しました(笑)

 中之島に戻って来たのはすっかり日も暮れた6時頃でした。この時間、淀屋橋は夕方のラッシュでごった返しているところですが、中之島は日中とほとんど変わらず閑散としていたのが意外でした。大阪からの帰りはいつも快速特急なんですが、今回はせっかく来たのだから…と、快速急行に乗りました。でも中之島線内はさほど混みませんでしたね。そのかわり天満橋と京橋で超満員になりましたけど。この次は早起きして中之島線内で「おりひめ」を狙うか、仕事の帰りにでも「ひこぼし」を撮影に行こうかと考えています。

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京阪宇治線~2600型のある風景~

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 先日、急に思い立って京阪宇治線の撮影に行ってきました。皆さんご承知の通り現在の宇治線はほとんど2600型の天下で、今度の改正で平日の日中も5輌運用が復活しました(ここにきて1900型がなくなってしまったのは何とも残念ですが……)

 ひょっとしたら以前のブログで書いたことがあるかも知れませんが、私は「鉄道のある風景」写真が好きで、撮影ポイントは次々と替えていくほうです。今回は黄檗~木幡間をメインに歩いて撮影ポイントを探してみました。中書島~六地蔵間はちょこちょこ撮影したことがあるのですが、このあたりをじっくり歩いたのは実は今回が初めてでした。しかしながら寒空の下で電車を待つのは正直こたえました。木幡まで歩いた後、桃山南口へ行って撮影を続けたのですが、嫌な感じの寒さ(←風邪の前兆か?)を覚えたので早々に引き揚げました。炎天下で松山市内線を追いかけていた日が恋しいです……。

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モノコックボディに挑戦!

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 先日、急に思い立って京阪2000型中間車の製作を開始しました。皆さんご存知の通り同車はモノコックボディなので、今回は白ボール紙を使用してみました。車体にRをつけるのが結構大変でしたが、写真の通りどうにかこうにか形にはなってくれました(上を見ればきりがないことは言うまでもありませんが……笑) ただプラ板と違って強度の点で劣るため、いつも屋根板に使っているバルサ材を車体上部に補強材として接着しました。また屋根は古ハガキを使用しました。このあとベンチレーターなどを取り付けて塗装にかかるわけですが、今までいつも使ってきたプラ用塗料はペーパー車体に合うかどうか、ちょっと心配です。

 実は京阪2000型、遊々倶楽部のキットを組んだものを3輌保有していますが、どうも3輌では物足りなくて運用に入ることは少なかったんです。(ちなみに私が記憶している2000型は最少でも4輌編成でした)でもこれが完成したら、あまり出番のなかった我が2000型も本格的に戦列に加わることになりそうです。

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新線建設⑫ 只今道路建設中

030 032 033毎度ご乗車ありがとうございます。

 今月は1900型勇退の陰に隠れてしまった感がありますが、新線建設もゆっくりと進めています。現在引き続いて併用軌道の製作にかかっていて、本日西側のカーブ区間の併用軌道化を完了しました。と言いましてもまだ塗装していないので全く道路には見えませんが(笑)

 このあと引き続き東側の軌道を併用軌道にして、エンドレス内部の区画整理をやっていく予定です。道路の塗装はこの区画整理が終わってからになりそうです。

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実車は引退しましたが……

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 実車は定期運用から離脱してしまいましたが、当鉄道では現在1900型特急車の製作をコツコツと(のんびりと?)進めています。先日、中間車の1952が完成し、旧型車ばかりの3輌編成になりましたが、動力車がまだなので運用には入れないでいます(笑) 現在、4輌目として1900型唯一のTc車1950の車体を製作していますが、年内に6輌編成を完成させて正月輸送に備えたいと思っています。

 製作方法は毎度おなじみのプラ板からのスクラッチですが、実はこの1952、テレビカーなんですがアンテナがついてないんですね。1900型一番の特徴なので省略はしたくないのですが、どうやって製作したらいいか見当もつきません(笑) いい製作方法をご存知の方がいらっしゃいましたらご教示の程お願いしたいと思います。

 正月輸送といえば、中之島線開業で激減した急行ですが、正月ダイヤでは復活するのではないでしょうか? これは私の勝手な推測ですが、伏見稲荷と八幡市を普通と準急だけでまかなうのはどう考えても無理でしょう。そうなると必然的に急行の出番になるのではないでしょうか?(ちなみに私は、今回のダイヤ改正で実質的になくなったのは「急行」ではなく「特急」だと思っています)

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1900系の写真を撮ろう!⑤

 毎度ご乗車ありがとうございます。

  半ばあきらめていたのですが、今日は午後から思いのほか時間ができたので、最後の1900型を撮影に行ってきました。私が訪れた時にはすでに1920Fは運用を終えて入庫しており、1930Fのみ撮影できました。それにしても複々線区間はどこもかなりの人でしたね。そんな中で比較的人の少なかった古川橋で撮影した後、この1930で天満橋まで行きました。それからすぐ枚方市行き急行で京橋に戻り1929を撮影、同車に飛び乗って守口市へ行きましたが、これが私にとって最後の1900型乗車になりました。

 守口市で同車を見送ってから、ポケット時刻表を集めがてら千林まで歩き、ここで最後の天満橋行き区急を撮影しました。そして最後にどこで撮影するか迷いましたが、ちょっとヘソを曲げて萱島から寝屋川車庫に入る所(下木田踏切…だったでしょうか?)で役目を終えて入庫するシーンを狙いました。ここなら誰もいないだろう……と思っていたら、すでに2~3人が先回りしてました(笑)040 034 024 027 030

  

 1900型の最終運用はこうして終わりましたが、私の撮影はまだ終わりませんでした。すでにご存じの方も多いと思いますが、今度の改正で京都側の5輌運用がほとんどなくなるんですね。しかも現行ダイヤでは18時台に京都市内で5輌運用が4本もあるんですね。そんなわけで1900型の入庫を見届けると京都へ戻って伏見稲荷、深草、藤森で撮影しました。京都に着いた時にはすっかり日も暮れていたので全て駅撮りになりましたが、こちらは鉄道ファンは皆無でしたね。043 045 041

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1900系の写真を撮ろう!④

010 016 024 035 毎度ご乗車ありがとうございます。

 もう行けない!と思っていましたが、今日休みが取れたので午後から1900型を探しに行ってきました。

 たぶん天満橋~萱島間の区間急行に入っているだろうと思ってまずは特急で大阪へ向かいました。ところが途中光善寺あたり(だったと思う)で1929の出町柳行き普通とすれ違ったため、京橋に着くとすぐに折り返し京都へ戻りました。(ちなみに1919は淀車庫で休んでました)

 で、京都へ戻る電車の中でこの1900型をどこで撮影するかいろいろ考えました。昔からそうだったんですが、いわゆる「駅撮り」ってあんまり好きじゃなかったんですね。そこで今回も京都市内のどこかで狙おうと思って行ったのが中書島~伏見桃山間のカーブ区間でした。平日とはいえ、駅にはカメラを持った人が目につきましたが、このような半端な(?)場所には誰もいませんでしたね。

 さて、淀車庫に1919がいたということは、夕方S1600Sに充当されるのでは…と勝手に考えた私は深草に移動、深草~藤森間の踏切で待機しました。そしてやって来たのは予想通り1919。そのあと同車が天満橋行きとして折り返して来るのを待ってやっぱり深草で撮影しました。

 この時点でもう日没との戦いになりましたが、今日はさらに追いかけて、この1919が準急ひこぼしとして引き返すのも狙いました。もっともこの時にはすでに空は真っ暗なので、駅撮りになりましたが。本線での「ひこぼし」はこれまでにもちょこちょこ撮っていたので、今日は交野線の星ヶ丘で撮影しました。撮影枚数は少なかったのですが、いろんなアングルから撮影することができてまずはよかったですね。

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1900系の写真を撮ろう!②

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 1900型の勇退まであと10日足らずになりましたね。今日は午後から1900型を追って大阪方面へ行くつもりでしたが、淀車庫で2編成とも休んでいるのを見かけて急遽中止、枚方市と枚方公園で5000型を撮影して(ついでにポケット時刻表ももらって)京都に戻りました。

 でも帰りに淀車庫で出庫待ちの1930を見かけて予定を変更、深草へ先回りして同車を狙いました。そして伏見稲荷でも撮影した後、折り返して来る同車をどこで撮影するか考えた末、再び下り普通に飛び乗って八幡市まで行って、宇治川の鉄橋で待つことにしました。ただこの1930Fの淀駅発車が17:27、さらに宇治川の鉄橋にさしかかるのは17:30頃と、まさに日没との戦いになってしまいました。幸い写真はどうにか撮れましたが、それからあっという間に日が暮れてしまいましたね。実はこのあと淀駅まであるいたのですが、駅に着いた時にはもう真っ暗でした。

 話は変わりますが、昨日発売された新しい京阪時刻表を早速購入しました。まだじっくり見たわけではないのですが、まずびっくりしたのは本線京都寄りでの5輌運用がほとんどなくなっているんですね(ちなみに中之島~萱島間の区間急行や普通には5輌がちょこちょこ入ってます) また時刻表には出ていませんでしたが、ダイヤ改正後5000型の5ドア運用がどうなるのか、個人的には気になるところです。025

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1900系の写真を撮ろう!(From大和田駅)

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 ご存知の方も多いと思いますが、現在の京阪宇治線では休日の夜間に1本だけ5輌編成が入っています(通常は全て4輌編成)。通勤で宇治線を利用している私はこの5輌に1900型が入ることを密かに期待していましたが、毎回入線するのは2600型でした。

 ところが昨日(10月5日)、ついに1900型が入線しました。六地蔵で偶然宇治方面へ行く同車の姿を目撃した私は隣の桃山南口でまず撮影。そのあと中書島でも撮影しましたが、雨がひどかったにもかかわらず中書島にはカメラを持った人を何人か見かけました。果たして今週末も1900型が入線するか、今から楽しみですね。044

 そして今日ですが、中書島で本線普通(Q1900S)の1920を撮影できました。さらに伏見稲荷でおり返してきた淀行き普通(S2007Y)も撮影しました。いつものことですが、通勤にカメラは欠かせなくなりそうです(笑)

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製作計画(2008年10月)

020_2 023 017 047 036 毎度ご乗車ありがとうございます。

 10月も引き続き京阪1900型の製作を進めていく予定です。現在中間車の1951の車体を製作していますが、このあと1950(1900型唯一のTc)及び1902(又は1911―2つライト)を作りたいと思っています。実車は今月で引退しますが、当鉄道では来年の正月輸送に向けてデビューということになります(順調に製作が進めばの話ですが……)

 それから、先月突発的に作った近鉄2200型のほうも2輌目を完成させて運用につかせたいですね。さらに新線建設のほうも、先月に引き続いて道路部分の製作を進めていきたいと思います。これから日没も早くなり、また気温も低くなってくるので、外へ出るより製作にかける時間のほうが多くなってくると思うのですが、一体どこまで前進できるか、我ながら疑問です(笑)

 さて、今日の写真は全く関係ありませんが日中撮影した1900型です。今日は1919Fは本線普通に、1929Fは天満橋~萱島間の区間急行に運用されていました。016_2

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あれから30年(京都市電の話)

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 1978年、今からちょうど30年前の今日、京都の街から市電がなくなりました。30年前の9月といえば、もう日曜日は全て