実車の話

京阪電車 昭和40年夏の臨時ダイヤから

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 昭和40年6月26日付の京都新聞夕刊に、京阪の夏の臨時ダイヤが掲載されていました。それによりますと宵山と五山送り火には夕方から三条行き臨時特急を6本、夜には淀屋橋行き臨時特急を8本と、現在よりめちゃ増発されてるんですね。さらに7月4日から毎週日曜日には琵琶湖への水泳客輸送のため午前中に三条行き臨時特急を7本、夕方からは淀屋橋行き臨時特急をなんと11本も増発していました。こちらは天候や客数によって減発されることもあったようですが、それでも現在では考えられないほどの頻発でしたね。

 さらにすごかったのが京津線でした。7月の第一、第二日曜と8月の第三、第四日曜には急行をなんと60本も増発、また7月第三、第四日曜と8月第一、第二日曜は7:00~21:00まで5分ヘッドで運転されることになっていました。詳細は書かれていませんでしたが、毎週日曜日はおそらく地下鉄東西線開業前の琵琶湖花火大会のような運転だったかと思われます。モータリゼーションが始まりつつある時代でしたが、まだまだ鉄道利用者が多かったんでしょうね。夏が過ぎたのに夏の話で恐縮ですが、この桁違い(?)の大増発がすごくて紹介いたしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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京阪電車 昭和40年3月21日ダイヤ改正から

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 昔の新聞記事を調べていたら昔の京阪のダイヤ改正の記事を見つけました。昭和40年3月12日付の京都新聞によりますと、同月21日から京阪のダイヤが改正され、その一番の目玉は宇治急の新設でした。この時はまだ朝ラッシュ時の宇治→三条のみの設定だったようで、時刻は宇治発6:56、7:16、7:37、8:00、8:17の5本を3連で運転されることになっていました。これにより中書島から三条への朝ラッシュ時の急行は約10分ヘッドの運行になる他、從来2~3連だった普通が4連に増結されることになりました。

 大阪側では夕方ラッシュ時の運転区間の延長が行われ、天満橋発大和田行き区間急行が萱島まで、淀屋橋発枚方市行き準急が八幡町まで、淀屋橋発八幡町行き急行(A急行)が深草までそれぞれ延長されました。また最終列車の時間繰り上げも実施され、三条発1:25の深草行きが1:10に、淀屋橋発1:30の守口行きが1:10に変更されたり、三条発23:49の普通淀屋橋行きが守口行きに、淀屋橋発23:45の普通三条行きが深草行きにそれぞれ区間短縮されました。

 特急に関しては記述がありませんでしたが、おそらく変更なかったと思われます。でも終発が繰り上げられたといっても、現在よりはるかに遅い時間まで運転されていたのは驚きですね。淀屋橋延長時のダイヤ改正では特急も急行も終発が0:00ぐらいでしたが、果たしてどのくらい利用者があったのか気になるところです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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阪急の駅名変更雑感

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 この10月1日から阪急の駅名が一部変更になります。「河原町」が「京都河原町」に、「梅田」が「大阪梅田」それぞれ変わりますが、昔の運行標識には「京都 河原町」「大阪 梅田(もしくは十三)」と書かれていました。さらに駅のアナウンスも「特急・京都河原町行き」とか、「急行・大阪梅田行き」と言っていました。それがいつの間にか京都、大阪の表記がなくなってしまったので、このニュースを見た時、何だか昔に戻るような気がしました。(余談ですが昔は京阪も運行標識は「京都三条」「大阪淀屋橋」と表記されていました)

 この駅名変更は地元以外の利用者、特に外国人旅行者意識したもののようですが、外国人の中には「JR=大阪」「阪急・阪神=梅田」と覚えている方も多いようです。おそらく旅行ガイドなどではそのように記載されているんじゃないでしょうか。また「京都河原町」に関しては、以前地元の反対で変更が撤回されたことがありますが、変更するなら「四条河原町」のほうがいいですね。観光客にも同名はよく知られているはずですから、わざわざ「京都」をつける必要はないと思います。

 最後に提案を一つ。これを機会に京都線の「西院」を「さいいん」から嵐電と同じ「さい」にしてはどうでしょうか? 漢字は同じなのに読み方が違うのは地元以外の人にとって混乱を招くでしょうし、以前拙ブログでも書いたことがありますが、同地の読み方は「さい」が正解なんですからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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京阪特急復活論

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 すでに皆さんご存知と思いますが、この10月から京阪の駅名が一部変更になります。「八幡市」が「石清水八幡宮」に、「深草」が「竜谷大前深草」にそれぞれ変わるのですが、今回の変更は先の神宮丸太町等と違っていいネーミングだと思います。

 そこで提案なんですが、これを機に思い切って現在の特急と快速急行を廃止して、従来の急行を終日運転にしてはどうでしょうか? 八幡市と伏見稲荷に停車する急行を日中も運転することで、特に外国人観光客を取り込むことが出来ると思います。同時に祇園方面にも直結しているので、旅行者の利便性はJR奈良線よりはるかによくなるのは明白です。はっきり言って、現在の京阪の快速急行は果たして存在価値があるのか疑問ですし、特急も正直名前だけで実質的には急行と変わらないと思います。
 それともう一つ、これは個人的には一番の希望なんですが、「洛洛」も終日運転していただきたいです。私のように京阪間直通利用が多い者にとって、現行のダイヤははっきり言ってめちゃ不便です(同じことが阪急京都線にも言えますが)。もっとも直通利用の需要はさほど多くないと思われますので、例えば急行10分、普通10分ヘッドに対して洛洛は20~30分ヘッドでいいと思います。また七条~京橋間ノンストップが難しいのなら、一時期あった「K特急」を復活させてもいいでしょう。ともあれ、かつての京阪特急の復活を望んでいるのは決して私一人ではないと思います。

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京阪特急にトイレを

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 昭和38年2月19日付の京都新聞に、読者の方から京阪特急にトイレを設置してほしいという投書がありました。この方は大阪~京都間を特急で往復されているのですが、乗車時間が40分以上あるのだから、トイレは絶対必要だと主張されていました。また国鉄の快速列車にもトイレがあるのだから、テレビカーよりトイレの設置を優先させるべきだと書かれていました。

 これに対して京阪電鉄側の回答は、トイレの設置は考えていないとのことでした。と言うのも、特急は京阪間直通の通勤輸送も担っているので、特にラッシュ時などはトイレがあるとその分乗車定員が少なくなるからでした。また国鉄の快速列車にトイレがあるのは長距離を走行するからであって、同じ国鉄でも京阪と同じくらいの走行区間の列車にはトイレはないと言ってました。さらにテレビカーに関しては、設置場所が天井部分なので乗車定員には問題がないとのことでした。

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幹線の「老ワキ役」

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 先日、昔の京都新聞を調べていたら、こんな記事を見つけました。

 1962年6月18日付の夕刊に、「幹線の老ワキ役」と題して、深草駅で並ぶ京阪2000型と300型の写真が載っていました。両形式は当時の京阪の最新勢と最古参ですが、記事はこの最古参の300型の独白が綴られていました。

「私は大正11年生まれの当年とって40歳。人間さまなら働き盛りだが、レールの上ではもう老体。僚友もつぎつぎに姿を消して、いまでは宇治~三条間に8台がささやかに余命をつないでいるだけ」
「老いの身で幹線に乗り込むと、特急、急行待ちといって2、3分間の停車が強いられる。お客さんには迷惑のかけっぱなしだ。待ち時間が多く、宇治~三条間の所要時間は特急の大阪~三条間とあまりかわらない」

 等々、読んでいて大変微笑ましく感じました。でも今の京阪はこの頃の300型よりさらに高齢の2400型や5000型がまだまだ第一線で活躍しているわけで、鉄道の世界も当時より長寿化しているようですね。

 

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京阪大津線の駅名変更とダイヤ改正

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 京阪大津線4駅の駅名変更とダイヤ改正が来たる3月17日から実施されることが発表されました。個人的には今回の駅名変更に関しては中之島線開業時の本線の駅名変更ほど違和感は覚えませんでしたが、ダイヤ改正で昼間時の運転本数が減便されるのには驚きました。特に京津線は現行の15分ヘッドから20分ヘッドになって、かなり利用しにくくなると思われます。また石山坂本線も現行の7.5分ヘッドから10分ヘッドに減便されますが、現在坂本行きと近江神宮前行きが交互に運行されているのが全て坂本行きに統一されます。そのため近江神宮前以北だけは日中15分ヘッドから10分ヘッドに増便されることになります。この他にも終発時刻のくり上げなんかも予定されているみたいで、詳細の発表が気になるところです。

 と言うことで本日の写真は旧作ですが石山坂本線の名称変更駅を中心に撮影したものです。2月からはおでん電車も運行されますし、寒いのは辛いですが久しぶりに撮影に行きたいと思っています。

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京阪5000型、ついに余命宣告か?

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 以前から私が密かに危惧していたことがついに現実のものになりそうです。2020年を目処に、京阪5000型を全て3ドア車に置き換えるというのです。現在京阪ではホームドアの設置を計画していて、これにより5ドア車の運用が出来なくなるというのがその理由です。
 5000型が登場した頃は京阪の乗客数も増える一方で、ダイヤ改正のたびに運転本数も増えていました。ところが通常の運転本数も減少し、余剰廃車まで出している現在、はっきり言って5000型の役割は終わったのではないでしょうか。そんなところから意外に早く淘汰されるのではないかと思っていました。

 趣味的に見ると、5000型って昔からあんまり外観的な変化がないんですよね。2200型や2400型は車体更新で大きくイメージが変わりましたが、5000型は行先表示盤がついただけでほとんど昔のままなんですよね。そのせいか京阪を利用して5000型を見ると妙にほっとした気分になるのは私だけでしょうか(笑)
 ともあれ、本格的な廃車が始まらないうちに5000型の撮影に行きたいと思っています。


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60年前の新駅計画

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 このところ「嵐電ネタ」の多い拙ブログですが、今日はさらにもう一つ嵐電の話をしたいと』思います。

 ちょうど1年前の明日(4月1日)、北野線に撮影所前駅が誕生しましたが、実はこの新駅構想はなんと60年以上前からあったんですね。
 昭和30年8月8日付の京都新聞によりますと、同駅新設の要望は大映、東映の両社が従業員の足の確保や見学者の利便性を理由に昭和27年頃から出されていて、京福電鉄側もバスの客を取り返せるというので駅の設計図まで製作していました。ところが地元の商店街から「客をとられる」と反対を表明したので計画は保留のままになってしまいました。ちなみに当時の撮影所前駅は嵐山本線の帷子ノ辻~太子前(現太秦広隆寺)間に新設される計画でした。
 

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嵐電西院旧駅の解体進む

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毎度ご乗車ありがとうございます。

 仕事の帰りに西院で「ちょっと1枚」やってきました(笑) 25日の移設からまだ4日ですが、早くも旧駅は半分ぐらい解体されていました。屋根はすでになく、ホームも半分ほど解体されていました。また今日はどこの局か確認できませんでしたがテレビの取材が来ていました。
 この調子だと数日のうちに旧駅は更地になると思われます。でもこれによって新しいアングルで撮影できるようになったし、新ホームから車庫の動向を眺められるという、鉄道ファンならではの楽しみが出来ましたね(ただホームが狭いうえに乗客も多いのでなかなか落ち着いて見られませんけどね……)。

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